次世代の新しいコンテンツを考える無駄

「新しい」とか「次世代」とか、体感した人が「!」を付けて言う言葉であって、作る側の人間が最初にそれを言っているとするならば、開発しているうちに新しいものや次世代のものを「見つけたい」という願望でしかない。そこに「デジタルならでは」などと付いていたとしたら、それはもはや資金の消化試合。

と、自戒を込めて思っております。

今売れるものが新しいコンテンツ。いつの間にかみんなが買うようになったものが次世代のコンテンツ。デジタルは当たり前過ぎてもはや言うまでもない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください