チームアラフォーでスタート

新たにベンチャー事業に取り組むにはいささか薹が立っているのかもしれませんが、メディア事業部のメンバーは全員アラフォー。4月のスタート以来、名和も寺内もいろいろ事情があって、ここ一月ほど実質監督一人状態でしたが、本日から再スタート切りました。

いろいろとお話をいただいていた関係各位にはお待たせいたしました。改めてご連絡を入れて参りますのでどうぞよろしくお願いいたします。

新設事業部は、

・実績がない
・制作人員がいない
・厳しい経済状況

というトリプルパンチで絶壁を登がごとき困難ですが、こういう場合、それが困難であればあるほど自分は裏返して考えるので、だからこそどこまでも謙虚になれる、素直にアドバイスを聞ける、小さなことにも感謝ができるということで、初心に返ることができるからいいことだと考えます。

そして、そうやって登り始めてしばらくすると、「ああ、やつはまだあの辺か」とか「お、あそこまでいったけど、いつ落ちるやら」とか、そういった冷ややかな第三者からの視線を下から感じ始めるわけですが、そうなると俄然燃えてくるわけですね。

実はすでに2回ほど落っこちましたけど、しっかりと命綱はつけているので登り切るまで何度でもチャレンジです。

今回は、具体的にウェブメディアで商売をしようと考えています。これが新たな出版の定義として一般的になるにはまだしばらく時間が必要なようですが、気付いたときに登り始めても遅いので先を急ぎます。

地図を買い、登べき絶壁を見定め、最初の足がかりまでは見つかっているので、途中テラスになっている部分にたどり着いたらすぐに次のメンバーを募集します。すぐかもしれませんし、数ヶ月かかるかもしれませんが。

今日の昼、毎日ブログを編集している吉永先生から電話がありました。いま我々で検討しているウェブサイトのビジョンにぴったりのものを見つけたからお互いそのサイトを分担して分析していこうという話。そのときの「僕らのビジネスを実現するのに」という枕詞にいたく感動しました。

先生は10歳ぐらい年上でいわばアラフィフ?ですが、そのアグレッシブな感覚には完敗してるなー(プライベートもアグレッシブなんだよね)ということで、チームを作るということについて、また少し考えが進みました。

・チャレンジするのに年齢関係なし
・「僕らのビジネス」とメンバーで共有できるビジョンが必要

ツイッター?

社長がそんなことをする暇はないととめられてたけど、昨日、企画の打合せをしていて、社長だからこそ、これやっぱりやっとかないと。

http://twitter.com/nobosan

wpのプラグインを入れてみたので、そっちに配信されるかテストもかねて。

ずっと、トゥイッター、って頭の中でささやいていたんだけれど、ツイッター派が多数派ですか。

ついでにテクノラティの登録。
テクノラティプロフィール

企画会議をオープンにするたった一つの理由

来月もハブメディア会議を開催します。

前回とても残念だったこともあり、河野さんに丸投げせずにきちんとコミットしなければと反省しました。次回も新たな社外参加者の申し込みがあったようで、毎回社外からの参加があることは大変ありがたいことです。

このハブメディアの会議をオープンにしている理由なんですが、コミュニケーションを軸にしては、河野さんほど上手く説明できないので、いち経営者として社員たるプレイヤーに何を望んでいるのかという観点から話をしたいと思います。

まず、もともと社員の企画力を向上させることを目的の1つに据えている会議なので、社外の多くの方の意見を聞くことによって、視野が広がる機会にして欲しいと願っています。それによって、なんだたいしたことないな、と尊大で自信過剰になってもらうのは困りますが、過度に謙遜、卑屈な、いわゆる雛鳥体質な社員のままではもっと困ります。

世の中スゴイ人もたくさんいるけど、たいしたことない人もたくさんいるんだ、と分かれば、どんな人とも安定したコミュニケーションがとれるようになるはずで、新人のころから社外の人と接することで、人間関係のバランスをとれるようになって欲しいという考えです。そうやって自分を客観的にポジショニングできれば、あとは人よりも5%程度多く努力をすれば、きっと楽に生きていけると思いますし、かつそういう人が増えていけば、我が国もこの先、正常に発展していくことでしょう。

それから、もっとも大きな理由ですが、企画は、それを「実現したもの」が勝ちと考えているためです。裏返せば、プロデューサーとしてもっとも恥ずべき態度は、「あれって俺の企画だったんだよね」ということですね。いますよね、いつも話は勝った話ばかりなんだけど、実績は?って人が。

定型な商品を販売する会社と違って、様々な形のデザインを開発販売することになるメディア企業を目指す以上、全ての社員にはきちんとした実務家としての気構えを持って欲しいと願っています。前回、企画会議に参加する心構えみたいなものを語りましたが、もっとも重要なことは、その企画会議が終わった瞬間から何を実行するのかということだと思うのですよ。

企画会議でも、最初は、さすが誰それさんは冴えてるねと言われていたとしても、何の実行も伴わないのであれば、そのうち、あの人って重箱の隅つついてばっかだよね。といわれるに決まってます。特に若者は経験値や実行力が足りない分、その有り余ったパワーを論評批判に向けがちですから(要するに頭でっかち)。

だから、この企画は自分がなんとしてでも実現するだという信念をもってして取り組んでいれば、企画会議でどんなにアイデアを開陳したとしても、あとから追っかけて真似た企画をやってくる人間がいたとしても大丈夫でしょう。

そもそも類似商品なんて世にたくさんあるわけで、いずれ競争になるのは明白のこと。だったらその最初から全力投球しておこうようとということですね。

かくいう自分も、もう立派な中年ですけど、こんなにブログで偉そうに吠えてると、なんだ偉そうに言ってるけどそんなもんか、というような声がいつも聞こえきていて(心の中で)、必死ですね。

これって(ついでの話にして申し訳ないんですが)、どうしていろいろなコンサルタントがいる中で、私が河野さんにアドバイザーをお願いしたのかと言う話にも繋がるのですが、それは河野さんが、常にご自身でメディアを実践されているからなんですね。ネットってブログだけ読んでれば本当に立派なことを仰ってる人ってたくさんいるんですが、実践されている(いや、できている)人はまだまだ少ないと感じます。

ちなみに、会計参与をお願いしている先生も、単に税理士だけでなく、税理士法人を経営されておられるからであって、実務家なんですよね。そうじゃないと本当の経営は教えられないと思いますから。

この先、プロフェッショナルな人々がどんどんブログを始める時代になってくると思います。そうなってくると単なる批評家は一掃されるでしょうけど、そういう時代にプロデューサーになろうというならば、誰よりも実務家としての能力を問われると考えています。

と、そういうこともあって、当社のハブメディア会議については、参加者であれば、社外の方であってもアイデアを開陳することには何の問題もないですし、広く衆知を結集できるまたとない機会だと思います(そうしなければ)。

あ、読み返したらたった一つの理由になってないや(笑)

紙の本は99%なくなりますよ。

断言できる理由、それは紙の本が”印刷”という技術だからです。そして、「紙の本に限ってそれは無い」と錯覚しやすいのは、「紙に印刷する」という技術があまりの大発明であったからです。あまりに長く親しまれすぎて、それが技術だと認識できないのです。

紙の本が100%亡くなると断言できる、たった一つの理由:今週の天牌

誰が書いているのか分からないブログの意見を引用するのって気が引けますが、みんな熱く語っているので(「※極論を書くこともありますが、あまり本気に受け止めないでください」ってあるし)。

すでにコメントや他のブログの感想に誰かが書いてあるように、論じる時間軸の問題で、数年後にはなくならないだろうけど30年後はわからないし、具体的に実用系の本は、もう余命は10年ぐらいじゃないかと思っています。その理由は、このブログの人の言うとおり、技術の問題だと思うから。

読んでいると反論のほとんどが、100%はありえないよ、とか、本はステキだからなくなって欲しくない、というような本質的なものじゃないですが、実際、じゃ紙の本は減らないのか?と問われたら反論する人は一人もいなくなると思いますね。

ちなみに私自身が、何よりもこのままだとなくなってしまうだろうなぁと思うのは、今紙の本を作っている人たち(うちの社員もそうだけど)が「なくならない(なくなって欲しくない)」と思っていることですかね。

そのうちデバイスとしての本が好きってのは、WindowsよりもMacが好き程度のことになると思います。

で、「紙の本」はなくなるかもしれないけど、「本」はなくならない。ということで、書籍のウェブ化を実現するのがハブメディアです。

ビジョンを語るって難しい

猛烈にビジョンを語らねばと考えているんだけれども、これが非常に難しい。熱い思いはあっても、それを伝える術がなかったら何の意味もない。

そんなことをこのマンガが教えてくれましたよ。

極道めし 1 (1) (アクションコミックス)
極道めし 1 (1) (アクションコミックス) 土山 しげる

おすすめ平均
starsこの作者の描く「飯」はとてもうまそうに見える
starsあちこちで評判なのも頷ける!
stars久しぶりに、おもしろい!!と思った。
stars(トンカツに)かぶりつくんや・・・。
stars最良の調味料は空腹!

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同房の囚人がおせち料理をかけ、いままでに食べた旨いものの思い出話を競うという、そのシチュエーションだけで十分に面白いんだけど、美味しそうに語る場面ばかりでなく、全然カスリもしないやつや、話しているうちにまずいものの話になってしまうやつとか、梅干し!と叫んで唾液を出させるだけは反則だとか、読んでいるうちに、自分の語ってることってこのダメなほうじゃないか?と気づいてしまいました。

自分の食べたものをいかにうまそうに語るのかって想像以上に難しい話。何しろ自分がどんなに旨かったと思ったとしても、相手がそれを食べてなかったら全く伝わらないんだから。

ましてや事業の魅力を伝えるなんて、熱い思いだけでなんとかなるなんてどんだけ甘いかって話ですね。体験のない人間にもヨーシ、ガンバルゾーと思わせることができるかどうか。

ここはよく指導されている大事なところなんだけど、バカにも伝わるようにってこういうことかと。伝えられないお前がバカだとよく分かりました。

あ、マンガのほうはこんな難しいこと考えずに純粋に面白いですよ。

首が飛ぶ

貴人点という、貴人さんにお茶を差し上げるお点前があります。貴人とは、官位のある高貴なお方、すなわち貴族の方々のことです。天目茶碗を貴人台に乗せて点前をするのですが、安定が悪いというか、平行に置くには気をつけないとならない茶碗。ふとしたはずみで茶筅がコロコロと落ちてしまいました。

(ありえない痛恨のミス!)

と思ったら、すかさず「貴人さんの前で落としたりしたら首が飛ぶわよ」と先生。

確かに。実際、利休の高弟、山上宗二なんて、秀吉にちょっと気にくわないからと耳鼻そがれて簡単に打ち首になってるし。貴人さんが信長だったりした日にはもうねえ。やばいよね。

今では日常生活で、そういった生死をかけた緊張感って、よほどのことがない限りありえないわけだけど、もしかすると強烈なプレッシャーを跳ね返す、いや受け流すか、まだ自分にはよくわからないけれど、そういった強靱な精神力が現代の日本では損なわれてしまったものなんじゃないかなぁ、なんてふと思いました。

ほんの一瞬、精神修養の厳しさの向こうにある面白さというかそういうものがチラッと見えた気がします(いや、まだ全然修行中なんだけど)。ダイエットや健康を極めだしたら楽しくてやめられないみたいな感じか。よくわからないけど、この先、かなり役立ちそうな気がしてます。

直心是道場

燃えてるよ

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肉も燃えてますが自分が盛大にです。

今日は月例の経営会議でした。予定通りとはいえ売上が落ち込んだので会議は厳しいものに。会計参与の前沢先生にはまだまだ経営が甘いとかなり渇を入れられました。経営者は結果が全てです。

そういうことだけではないのですが、今日は出版事業部の連中と食事にでました。しばらく高級なところにもいってましたが、別に高いもの食べさせてくれたからって働くような時代じゃないし、チープなところのほうが創業当時を思い出していいだろうと隣のビルの安い焼肉屋にしました。みんな腹一杯たべて飲んで、この前食べにいった高級レストランのランチ一人前と同じ値段だったのは笑えましたね。いい時代です。

ついでに社長は酒も断ちました。実は先週から口にしてなかったんですが、V字回復達成までは断酒です。短絡的で実にくだらないことですが、だからこそ誰でもわかりやすくていいんじゃないでしょうか。儲けて減量もできて一石二鳥。しかし、まもなくビールが美味しい季節です。V字回復はなるはやでお願いする次第です。

で、だからお前ら頑張れみたいなことを言ったんじゃ何の意味もありません。二時間ぶっ続けで、香月はいったい何をどうしたいのかトコトン語らせてもらいました。「あの会議のあとで良くそれだけしゃべれますね。」と、萩原があきれてましたけが、とまらないんですよね(笑)

実際には、話したことの二割ぐらいしか伝わらないことを延々語り続けることができる。そういうバカならないと務まらないし、だからといって本当のバカになったら会社は潰れるし。経営ってのは本当にやってもやっても飽きないですね。

「編集者に必須なスキルは不変」

昨日エントリーをアップして、チームを作らねばならないという衝動に駆り立てられてきた。

直感的にそう感じたということは、そこに商売をやるにあたっての必然があるはずなのだが(直感は大事にしよう)。まだ、神が降りてくる気配がないので、もう暫く具体的にどうすべきなのか呻吟が必要みたい。

ただ、実際組織を作る必要があって、昨日まではその組織を作るべくやってきていたけど、その方向性が多少誤っていたことだけははっきりした。

しかし、チームというとどういうものを発想するんだろう。ググったらF1チームとかチーム・バチスタとかが他のキーワードに出てきたけど、やっぱサッカーチームか。

でもこの中だったら、特攻野郎Aチームっていうのがピッタシかも。土曜の昼に見てた記憶があったけど、小学生のころだと思ったら、これによるとすでに中学生になってたんだな。

また、話がそれた。ビジョンは明確にあったほうがいいと思うけど、いまは自らの手でメディア構築したい!と思っている人が集まって、クライアントが喜ぶメディアをどんどん作っているような、そういったぼんやりとしたものしかない。もちろん、そのメディアはどんなものかという具体的なイメージはあるけど、こういうのは最初はぼやっとしているほうが大きく育つと思うのであえて全部は言わない。

ただ、どういう人が必要なのかということ関しては、ある程度の線引きは必要なのかな。最近は、誰をチームメンバーに加えるのかっていうことが何よりも重要なんだとわかってきました。Aチーム(これってほんとはエーじゃなくアルファなんだよな。たぶん)もミッションは毎回異なるわけだし、何をやるか決められたことしかできないんだったら(やりたくないんだったら)、それは単なる兵隊でしかないだろうし。

そこで新世紀メディア論のメモをひっくり返してみました。

旧来の編集者が印刷所への入稿のための知識をもっているのと同様、新しい編集者はCSSやXML、またDB(データベース)のテーブル設計、あるいはUI(ユーザー・インターフェース)におけるAJAXの導入や仕様についての知識を仕入れる必要があるでしょう。

分業の場合も、エンジニア自らがディレクターかつデザイナーの場合もあると書いてありますが、これはまったくもってその通りだと思います。幸いにして自分はこの手の本の編集の現場にいたので、技術はないけど知識はあります。そう考えると、どちらかというと紙の編集者にこれらの知識を仕込むよりは、ウェブエンジニアに編集を教えたほうがはやいんじゃなないかな。

そもそも、メディア構築とは、よろずや的であり、職能がクロスオーバーしています。なので、構築社自身がどのような職能者であれ、「編集」という概念をもち、使う側の心理や使い方などにつて熟考することが大切です。

でもその「編集」を教えるってのが難しいし、いまだに自分でもこれだっていう正解をもっていない。小林さんだってここは、

そう、編集とはその対象と分かち合う相手への「愛」。そして、技術や見た目へのオタクなまでの情熱やこだわりを指すのかもしれません。

ものすごくよくわかるけど、でも「愛」って。ずるいな、どう教えるのよ(笑)

なにより大切なことは、そのコミュニティの「温度」を感じ、感覚的に「刺さるコンテンツ」をセンスし、人の流れを理解することが肝要です。
そのためには、技術への理解とインターフェース・デザインへのこだわりが必要になってきます。しかし、これは、旧来の編集者のスキルーコンテンツを編む以外の印刷技法やデザインへの理解ーと同じものであり、そのあたりは不変でもあります。

いま売れる本や雑誌を作っている編集者の方々は間違いなく大丈夫ですね。ウェブに興味を持てば。

河野さんも仰っているけど、コミュニティの「温度」を感じ、感覚的に「刺さるコンテンツ」をセンスするっていう意味では、マーケティングやっている人もコミュニケーションデザインやっている人も、とにかくプロデューサー的な仕事している人みんな新しい編集者候補だと思いますね。

生き残るのは書籍編集者だけ

もうそういうことにしていいんじゃないかと思うんですよね。暴論だけど。

あの「新世紀メディア論」でも、書籍について触れているけど、あくまでもサブタイトルにあるように新聞、雑誌が主な対象だし、ここのところ折に触れてバカ編集者のことを書きましたが、それはほんの一握り、一人二人の人の話であって、取引先のほとんどの編集者はそうじゃなくって皆さんスゴ腕で、そういう点からもそうじゃないかと思っています。直感に近いけど。

生き残れる理由としては、書籍のデバイスとしての真価に依拠するところは勿論のだけど、書籍編集の仕事が、ほとんど毎回、初めてのメンバーでプロジェクトチームを組んで新商品開発をし収益を上げていく仕事で、それを一人で舵取りしなければならず成績も一目瞭然、人を見る目があって(著者がいなきゃ本が作れない)過酷な新商品開発競争の重圧に耐えて売れる本を作り続けるもので、もうその覚悟と実行力それだけで、この先何でもやれると思います(この点は雑誌創刊編集長はもっとすごいか、じゃ雑誌創刊編集長も生き残れるね)。

新人のころ、唯一の同期だった(今も立派に書籍編集部の編集長やっておられる)同僚が、ポロっと「この仕事って、社長から金と看板借りて個人商店で商売しているってことだよな」と言って、まだ当時はウブで頭でっかちなガキだった自分は、なんて大人なんだと驚いたのと同時に、そうなのか個人商店やってんのか俺はと、今思えばこのときの彼の一言が、確実に経営者への道を進ませてますね(もうあと3人そういう経営者道へ進ませる影響を与えてくれた人がいますが)。

話がそれた。何が言いたいかというと「商売」を一人で考えることができる仕事なんですね書籍編集者は。で、この商売というのが肝心で、今の世の中、大学を出てビジネスパーソンをやっていて、身近に商売を意識することってほとんどないんじゃないかと思うのですね。どんなビジネス書を読んでも自分のスキルアップのことばかりだし。

だから、商売っていうとイコール金儲けって思っているビジネスパーソンって多いんじゃないかと思うのですが、ま、実際そうですけど、それだけじゃ上手くいかないんですよね儲けることって。その商売の基本が体験として分かってる、それだけで書籍編集者は生き残れると思っています。あ、もちろん売れたことがない編集者じゃないと無理だと思いますけど。

そこで、売れてる編集者とたくさん仕事をしている当社としては、将来の編集者のあり方について考えることも重要だけど、いま書籍編集者がどういうことを考えて仕事をしているのか尋ねて回ることにしてみました。かねて出版求人ニュースのコンテンツで用意していたこのインタビュー記事、突然ですが、来週の月曜日にブログメディアとしてオープンすることにしました。大急ぎで準備します。

またお知らせします。

追記:

個人商店という話題を引いたので、属人的な編集者像を結びがちだけど、これはもう古いと思う。これからもスター編集者は出てくると思うけど、出版社としては科学的な組織(チーム)編集を考えないとダメじゃないか。チーム制だと一見没個性に思われがちだけど、プレイヤーとして優秀じゃなきゃ本当のチームプレイはできない。若干ひ弱に見られている若者世代、実はこのあたりが指向としても上手くはまるんじゃないかな。なんというか、猛烈にチームを作りたいと思ってきた。

企画会議に必要なことは鋭い意見だけではない

今日は、ハブメディア会議に出席しました。いつもは河野さんにお願いしてあって参加していなかったのですが、今日はハブメディアを一緒に取り組みたいというヘッドウォータス社の森さんがいらっしゃるということで出席しました。企画会議に出席する以上、社長といえども企画がなければと1つ企画案を携えての出席です。

平企画員として社内の企画会議に出席するのは何年ぶりでしょうか(社外はいくらもあるけど)。久々に企画をプレゼンしながら、ああもっと準備をしておけばよかったなぁと、そう思いながらプレゼンしていた昔の思い出がよみがえってきました。

ただ社員の態度は残念でした。社長の出来損ないの企画を評価できるんだから、自分ならここぞとばかりに叩くだろうに、出てくるのは微妙な感想ばかり。最後、河野さんに論理的な矛盾点や企画の限界点を指摘してもらって、かろうじて企画会議らしく再考案の方針がわかりました(出席したかいがありました)。

で、会議後、出席した社員に、君らは能力不足や準備不足というよりも、単に無礼だと叱りました。

会議の冒頭で河野さんが、企画内容をよくするための発言をお願いしますと(これってたぶん毎度仰っているんでしょうね。すみません)促しているにもかかわらず、返すものは沈黙か感想か。

何が無礼かって、一生懸命プレゼンしている人は、よほどの自信家か空気のよめないバカじゃない限り、この企画の評価はどうだろうかって不安なもの。それに対してボソボソと探りながらしゃべったり、こうなんですかねみたいな同意か質問なのかわからない単なる感想だったり、沈黙だったり・・・。君らが不安になってどうするの!

まともなことを言おう、こういうことを言っても意味がないんじゃないか、あの人が言ってくれるだろう。全部自分のことばかり。

企画内容がどうなのか以前に、そもそもコミュケーションをとる気があるのかないのかよく分からない態度って、非常に無礼なんです。本来なら、きちんと建設的な意見を述べて、提案者が、ああなるほど、その視点は気づかなかったと同意してくれたり、いやいや、そうではなくってこういうことなんですとさらに熱のこもった補足があったり、対してさらに、でもこういうことも考えるから、やっぱりああした方がいいんじゃないかと返したり、そういった意見交換が望ましいですが、若くて能力が足りないと思うのであれば、せめて熱意ある態度を発言で示そう(なんともレベルの低い話だが)。

企画会議で必要なことは、一言で相手を撃沈するような鋭い発言ではなく、相手のことを思いやって一生懸命一緒に考えるという態度です。とにかく中途半端な態度は、相手の企画を少しでも良くしてあげようという気持ちがこもっていないのが一目瞭然。

なんだろう、自分の場合は、相手が好敵手だと思えば思うほど敵に塩を送るじゃないけど、自分でも最高の意見を述べようと思います。そうすれば攻守ところが変わったら同じように遇されることもあるだろうと思うから。もちろん求めてはいないけど、情けは人のためならずって言うしね。

こういうと和気藹々の茶話会みたいにすればいいのかと勘違いされるのも困るけど、ケチをつけるか沈黙するかの両極端な対応しかとれないのはいずれにしても幼い。ちなみにケチをつけようと思えばいくらでもつけられるのが企画会議。果てしなくそれを実行していいのは社内で唯一資金を管理している社長だけであって、それに対して企画を実現するために予算を獲得すべく覚悟を見せるのが担当者。いっそ、そういうヒリヒリするような会議しないといけないのかな。

彼らはいつも外でこういう中途半端な態度で人と接しているのだろうか。そう思うと、社長として指導監督不行届、不徳の致すところです。

変えます。