職場環境を整えること

実はメディア会社の経営に必要なことは、優秀な人材がさらに力を発揮する環境を整える。これに尽きるんじゃないかと考えています。

大書店の近くで、地下鉄の駅から徒歩30秒という立地も、社員数に不釣り合いなほどの大フロアと贅沢な机も、そして最新のマシンや簡易印刷ができるぐらいの出力機まで、どれもこれも少しでも優秀な人材に入社して仕事をして欲しいがためです。ということで、社長は社内で一番隅っこの一番小さな机に座ってます(しかも後ろが全面窓で夏暑くて、冬寒い・・・)。

掃除も徹底的にやるため掃除機もいいものに買い換えて掃除当番をきっちり決め、入り口の花をきちんと変えたり丁寧にやっています。数年前までは、そういうことに結構無頓着だったのですが、振り返ってみれば、雑然とした埃っぽいフロアで働いていたときは、やっぱり仕事は粗雑だったようで、当時はクレームが非常に多かったですね。最近は、ほとんど皆無ですから。

というわけで、積極的に定期的に模様替えとか、設備投資を行っているのですが、今回

オフィス環境は常に最善の状態を保ち、少しずつではありますが、投資して改善していきたい考えです。
こういうことには時間をかけたくないので即断即決でいきます。いまから17時までに、不具合のある点、改善要望、改造提案、どれでも一人1件まで、お知らせください。17時半には決裁します。

とメールを投げたら、8件ほど。全社員、ここが・・・と思っていることを改善できたと思います(よね?)。さすが会社のことを考えてる優秀な社員たち、来客用のグラスや茶葉、茶托、棚、本棚など総額2万円ですみました。あとはラジオの選局と冷蔵庫管理のルール改善など、約束通り全部で1時間できっちり決裁できました。

提案受付から決裁まで短期間の締め切りは初めての試みでしたが、これはスピーディーで非常によろしいように思いますね。月イチぐらいで改善やってもいいかもしれません。

「オタク成金」

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これまた編集者とのエピソードが興味深い。

俺さ、ひとつだけ自慢したいことがあって。俺が何年も長く付き合ってきた編集さんは、ことごとく俺に対して文句言ったりとか叱ったりとか、ダメ出しをしてくれる・・・口の悪い、手厳しい編集さんなんだよな。逆に”先生の玉稿をいただきに・・・”みたいな編集さんは、全部避けてきたの。今は売れてても、いつか墜ちちゃうとしたら、そういうところだなっていうのが、このときにわかったんで。
本当に墜ちたときって、自分の力ではどうにもならないぜ。冷静に自分を見つめなおすことができない。どこが悪いのかわからない。
そんなときに助けてくれるのが、叱ってくれる人だから。だから作家を目指す若い人たちに、これだけは言っておきたいんだけど・・・自分のことをちゃんと叱ってくれる編集さんはいるか?そういう人と付き合ってるか?
俺、好き勝手わぁわぁやって取り巻きみたいな連中もたくさん集めたけど、売れなくなったとたん、周りにはホント誰もいなくなっちゃった。
でも、厳しいことを言う人間っていうのは、ホントに作家や作品のことを考えてくれるんで、そんなときでも・・・他の人間がバッといなくなっても、そういう編集さんは残ってくれたんだよ。
”大丈夫ですよ先生、まだやれます。一緒にやりましょう”
そう言ってくれた。どこが悪いか教えてくれって聞いたときに、言いづらいこともはっきり言ってくれた。そういう人たちを残してきたっていうのは、自慢していいと思うんだよ。

昨日もゲラに赤字を入れるのが仕事だと思っているバカ編集者が多いって話しをしたけど、仕上がった作品を滅茶苦茶にすることが厳しいことだと思ってたりするんだよね。救いようがないね。それで売れればいいけど、たいてい徒労に終わる。

編プロでデザイン会社だから、いろんな編集者の仕事を見せてもらってるけど、「三校なのにこんなに赤字入れちゃって、で、これで何冊売り上げが上がるんだ?」というものが結構あって驚きなんですよね。向こうは下請けって思っているのかもしれないけど、そう思って仕事している人って実際は下請けからは、バカ編集だなって思われてたりしますよ。

最初に作家に対して面と向かって意見を言えないのは、気が弱いからとかじゃなく、単に勉強不足、遊び不足で、語るべきものが何もないからだって思います。

「がっかり力」

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最近買った新書の多くがこの「がっかり力」をはじめとするアフタヌーン新書。

漫画雑誌は熱心に読まないので、どういう文脈でこの新書ができたのかはわかりませんが、あえて2ちゃん的な内容を書き下ろしの新書でというのは、ものすごくチャレンジャーで面白いと思いました。残念ながら中身はどれもこれも、それこそがっかりでしたが。

売れてるんでしょうか。正直なところ、ここ1年ほど、本は値段を一切見ずに大量に買っているので、買った後にこれらの新書が800円もするのに驚いています。半分仕事の資料だと思って、なおかつ財布に余裕があるから買っているわけですが、くだらないネタを購読して楽しもうと思うか800円。うーん。

本田透さんは「電波男」で知りました。面白かったので、以後新刊はチェックしています。発売当時「電波男」を読んだときはスゴイと思いましたが、昨日読み返したらそうでもなかったのは、それだけ当時の空気を絶妙に読み込んで解説していたんでしょうかね。それはそれで立派にスゴイことですが。

本書の巻末に、その「電波男」前後のがっかりな話があって、それが一番面白かったのですが、中でも編集者評が素晴らしいと思いました。

なんか、中身や表紙にあれこれ口を出すことが編集者の仕事だと勘違いしてカリカリしている人が、存外に多いんです。
違うんですよ。
編集者の仕事は、面白い本、あるいいは売れる本を作ることです。売れさえすれば、担当は寝ていてもいいんです。
いい原稿さえあがれば、担当は飲み屋でオネーチャンと騒いでいるだけでもいいんです。

仰るとおりです。元編集者としても、編集ってゲラに赤字を入れることが仕事だと思っているバカが多いと思います。サラリーマンなんだから儲け出さなきゃだめなんだってのに。でも、もうすぐ滅びると思うのでカリカリする必要もないでしょう。

がっかり力。

9時1分 1,000円の男

今日は社員の話です。

結構頑張っていると思われる男なのですが、セコイ遅刻が直らない男です。連日徹夜作業で頑張っていることも知っています。

しかし、難しい仕事を頑張っているから、人よりたくさん仕事をしているから、だから何だ。どうせ遅刻するなら昼過ぎに堂々と出社してくるぐらいの気概を見せたらどうかと言えば、エヘラエヘラ受け流す小心者ではないか。

今日、ある事案の打ち合わせのために1,000円の経費を使いたいのだが、事前に相談していなかった、許可して欲しいと、外出先の私にちょろっとメールを送ってきた。1,000円だから。必要なものだから。直前だけど知らせたから。いろんなテキトーな理由が透けて見える。

昔、給料が足りなくて生活できませんと曰う編集志望者がいた。自分の生活のやりくりもできないやつに、どうして貴重な制作予算を有効的に利用することができのか大馬鹿者と叱ったことがあるが、1分の遅刻や1,000円の経費の稟議に手を抜くようなやつに、どうして数ヶ月にわたる数百万単位の仕事を任せてみようと思うのか。

自分が社長になって考えてみたら、どれだけ大馬鹿者か背筋が寒くなってくる話だ。

と、こういうことを書いていると、決まり事をひたすら生真面目に頑張る手合いも出てくるわけだけれども、人に期待されるようなガムシャラな仕事ぶりを見せなければ、失敗もしなければ、叱られることもないだろうが、そのうち仕事を頼まれることもなくなり、相手にもされなくなって、一人静かに立ち去ることになるだろう。

それほどに、どんな会社でも、大きな失敗をした社員ほど、後で大きな利益を得ていると思うのだが、失敗にもほど遠い、せこくて、みみっちいミスを一刻も早く改めるべきだ、だから今日、あえて大馬鹿者と言ったことをありがたく思ってって感じだが、それは無理、社長甘いよと萩原に笑われそうだ。

そう、あれこれ社員のせいにしてみたが、社員の甘えた行動を甘やかしたままの、大甘社長がすべての元凶なんですね。大いに反省し、仕事の失敗を許し、小さなミスを許さない会社にしたいと考えています。

人間国宝 鶴賀若狭掾師匠

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浄瑠璃新内流の家元、鶴賀若狭掾のブログを編集することになっていて、師匠から招待券を頂き国立劇場に行ってきました。三宅坂経由で事務所に帰るとき、いつも横目にいつか行ってみたいと思いながらも縁遠かった場所ですが、間近で見るとやっぱり迫力ある建物ですね。

邦楽のライブは薪能を見たことがあるぐらいです。浄瑠璃は初めてでしたが、なるほど、こういった演奏会なんだと勉強になりました。社中の発表会と新名取の披露があって長丁場。11時半に開演して、終演は20時です。

新内流は、現代では邦楽の中でも超マイナーで、私も教えてもらうまでその存在すら知りませんでしたが、江戸時代の庶民芸能としては一般的なもの。曲も遊女の話だったりで、大人の世界です。曲目は知らずとも、なんとなく曲調は聞いたことがあるんじゃないでしょうか。神楽坂の稽古場にもお邪魔しましたが、まさに芸者さんのBGMです。

この話を取り次いでくださった映像プロダクションの社長さんもDVD販売のためにいらっしゃいました。さて何枚売れるかしらね、とのんびり仰ってましたが、その姿勢はしっかり学ばなければと思った次第。さて、肝心のブログ。どうプロデュースしましょうかね。

「売れる新商品」の見つけ方、作り方、手のうち方

  1. 販売ネットが最初にあって、そこに何を乗せるのかを決める。1.販売ネット、2.売り方、3.お客様、これを決めて商品開発に取りかかる。
  2. どんな新商品を開発するか、情報を収集する。情報が多ければ多いほど、成功の確率が高くなる。最低でも100以上の商品情報を集めておく。
  3. できるだけ多くの情報を集めたら、その中から社長としてやりたい商品を5〜6つ選択する。
  4. やりたい商品が選択できたら、その商品のモデルを作ってみる。何通りか試作品を作り、販売テストする。
  5. 試作品が決まったら、生産計画を立て製品化する。
  6. ライバルがいるかどうか、いる場合にはライバル対策する。
  7. テスト結果を反映させ、値段、商品名、デザイン、宣伝方法を決める。
  8. 発表計画と販売計画を立てる。
  9. 売上、経費、粗利計画を立て、それに沿って新商品の販売を展開する。
  10. 一定期間、売上傾向を見ながら、販売を継続するか、撤退するかを社長の判断で決める。

経営合理化協会の1万円ほどする本なので、紹介もおすすめもしませんが、これこそが今からやるべき仕事ということでメモ。

町の発明家の多くが貧乏なのは、「作り上手の売り下手」だからである。「作ることなど誰にもできるが、売ることが難しい」と考えた方がいい。そうなると売ることから入って、ものを作るという発想こそ大事である。

ああ、耳が痛い。しかし、どうすればいいのか分かったので後は早いです。即実行です。

君たちのいちばんのライバルはどこにいるのか?

今年は手塚治虫生誕80周年。松本清張は100周年で、ガンダムも30周年。なんだか記念事業ばかり。

もう、これからはこういった小説、マンガ、アニメの分野で、一人の作家、一つの作品で莫大な富が生まれる時代ではないということなんでしょうかね。もしくは、それほど売れる新しいコンテンツが現代には欠乏しているのか。

でも、新しいコンテンツ自体は、ネットやケータイの空間で今この瞬間もたくさん生まれ消化されていているので、それらが目に見えて収益を上げていないために、過去の遺産でもう一儲けして食いつなごうという、そういった過渡期ということでしょうか。

最近はブログに書くことが山積で、書こうと思う気持ちばかりが先走ってまったく編集ができず、相変わらずタイトルと前置きと本題がずれていますが、まぁ現状このブログはモノローグなので、それでよしということで。

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star「巨匠」手塚治虫像の再確認として

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昼に買ったのですが面白くて一気に読み終えました。昔、NHKの手塚治虫追跡ドキュメンタリーで、その驚異的な制作活動をみたことがあります。よく漫画家の仕事は大変だ聞きますが、手塚治虫の仕事は、もはや修行僧のそれに近い過酷さで、ただひたすら息をのんで見た記憶があります。

著者は、手塚治虫の担当編集者からアシスタントになり、三十数年そばでその仕事を見てきた漫画家で(私は知りませんでした)、様々な”伝説”が読みやすくまとまっています。もはや単純に仕事に活かせるとか、そういうレベルではありませんが、その中に手塚治虫が、採用したアシスタントに訓示する場面が印象に残ったのでメモ。

「君たちは、かつて地方にいて漫画家を志し、そして今こうしてここにいるわけだが、実際に原稿をやりとりする制作の流れに身を置いていると、いつのまにかに自分もその世界のひとりとして安住してしまう。絶対にそれだけは避けてほしい。君たちのいちばんのライバルは、地方で漫画家の世界に憧れて頑張っている、漫画家予備軍なんだ」

この言葉、もちろんそっくりそのまま、来月にも”病気”が発症しそうな、全国の「ボクはクリエイティブな世界を志して会社に入ったのに・・・」というシュガーな新人たちに役立つ言葉だと思いますが、私にもガツンときました。

ウェブメディアを通して出版を実現したいという志で起業してこの方、幸い潰れることなく経営を続けていますが、ようやく人や機会に恵まれきて、それをもう少しで実現していけるというこのところ、目前の仕事(メディア制作進行と称した作業)に流されてるところがなきにしもあらず。

もちろん、実際のところ、あれやこれや難関が立ちふさがっているのですが、今このときも、日本のどこかにいる誰かが、人知れずすごいメディアを作ろうと頑張っていて、「あんたのやっていることは古いよ」と言われないかと焦ります。つい最近、寺内に、それはホリエモン病だよと言ったばかりですが(笑)

その寺内と昨日の昼に、やっぱライバルは必要だ、という話をしてました。寺内曰く、会社でも日頃は和やかに話してても心の底では(ぜったいコイツには負けないぞ)と思う相手がいたから頑張れたと。お互い同じ編集者だったから余計にそうだったのかもしれないけど。

自分の場合は、もちろん同僚に負けたくないというのもあったけど、どちらかというと、上司に対してコイツに絶対に勝ってやると思ってましたね。

あ、そこ笑わないように(笑)>萩原さん、寺内さん

ラスベガスを作ってしまうアメリカ人と、高速道路を作ればいいと考える日本人

CSI:科学捜査班、グリッソムやホレイショみていると、今のアメリカ人にとっては、ああいう一見クールに見えるけど、内面は滅茶苦茶熱くって浪花節というのがヒーロー像なのかなぁと思います。日本のドラマも似たようなテーマが増えてて、主人公の設定などかなり意識しているんだろうなとは思いますが、決定的に間違っているのは、そもそもドラマの構造が「群像劇」だから面白いのであって、科学捜査がテーマだったから面白いわけではないということ。もちろん、そんなこと素人に言われなくても現場の人にとっては百も承知で、実現しようにも世界的な市場で作っているドラマと比べられても、という思いもあるんでしょうけどね。

と、CSIは、NYやマイアミも後からできましたが、なんで最初に舞台設定をラスベガスにしたんだろうか?と、そのあたりよくわかりませんが、毎回みていると否が応でもラスベガスっていう街に興味を持ちます。皆さんご存じのとおり、ラスベガスは砂漠の中に作られたギャンブルの街。最近、映画「バグジー」が、ラスベガスにカジノ付き大ホテルを最初につくったベンジャミン・シーゲルの話だと知って見たのですが、ものすごい滅茶振りですね。ああでもしないと街は作れないものかとその情熱に圧倒されました。

さて、ドラマに映画にいったいどんな与太話かと思われそうですが、ラスベガスを作ったアメリカ人に見る、いわゆるフロンティアスピリッツというものがどういう情熱を指し示していて、翻って自分がいかに日本人的な気質に染まっているのか痛切に実感してるという話です。

要点はこうです。一人の情熱ある(この場合、しかない、のかもしれないが)男が、砂漠にカジノ付き大ホテル、フラミンゴ・ホテルを造った(造ることを決めた)。そうすると、そこに面白みを感じた有象無象が集まって最終的には世界的な観光都市ができあがった。観光地をプロデュースするのに、コンセプトアトラクティブという考え方があると以前もブログに書いたのですが、ラスベガスの場合は、観光地となるホテルそのものをゼロから造ったというところがさらにスゴイ話です。

で、どうしてアメリカには、自分にとって参考となるウェブメディアが多いのか、シリコンバレーの話を読んでも、天の邪鬼な自分には、ほんとうにそんなにスマートでクールにやってんのかね?と疑問だったのですが、ラスベガスのような街の作り方を体感しているアメリカ人という視点からみると、ああ、ウェブが彼らにとって新しいフロンティがであって、そうやって情熱を傾けているのか、としっくり納得できた気がしました。

どうしてこんなことを今日、思ったのかといえば、先週の河野さんとの事業戦略MTGで、危うく誤った戦略を選択するところを間違いを正してもらったためです。ウェブメディアを作ろうというのに、そういった本質を押さえずして、どのサービスがどうだとかレビューを繰り返したり、または、ツールやデザイナーを増やしても、ほとんど意味がないということ(それはやって当然だという話)。必要なのは、作ろうとしているものが「人が集まる」ものなののかどうか、ということであって、集めるためにやっているのか、作るためにやっているのか、胸に手を当てて考えたら、前者を考えつつ、実は一生懸命後者の戦略をとっていました。

どうしてそうなんだろう?と考えてみて、日本人のメンタリティなどと、大雑把な議論にしてはダメなのはよく分かっていますが、それでも、もはや原野を開いて都市を作ろうなどという場所すらリアルに残っていな い国土に生活していたら、人が来るようにするためには、もっと道路を造ろう、どうせなら高速道路がいいんじゃないか?いや新幹線があったほうがいい。とい う発想になりがちなんだと感じています(政治家や官僚を笑えません)。自分では、既存のシステムから独立して考えられると多少自惚れているところがありましたが、待ったくの誤り。どっぷり現体制に使っていると思い知らされています。

許状をいただきました

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昨年申請していた許状をいただきました。

これは免許のような資格認定証ではなくって、ここまでの点前を先生から学ぶことを許しますよというものです。

修道のご案内 −修道課程(許状種目)と取得できる資格−

これでいくと、中級の和巾点までの許状をいただきました。まぁ、それなりの額を投資してあります。この先、どれぐらいかかるかわかりませんが、茶名を頂くまでは続けるつもりです。

もちろん許状がなくても稽古はつけていただけるので、ちょっと嗜む程度であればカルチャーセンターなどでも十分だと思いますが、一度社中にはいったらその先生が亡くなるまでは師匠を変えないというのがお約束なので、本格的にやってみたいと思うなら最初にしっかりと良い先生を探しておかないと後悔すると思います。まぁそんな本気モードの人はそういないでしょうけど。

先生も本気でやっている人には大変厳しいです。もう何十年もやっておられて茶名はもちろん准教だったりするような方でも、途中から入ってこられれば私の後輩。そういう方には、新しい社中では後輩だということで気を配り、しかしお手前では大先輩なのだから、周囲に気兼ねして簡単な稽古ばかりでは意味がない、その当たりよく考えるように、とか。先日も先生と大先輩でこういうやりとりがありました。

「どうしてそうするの?違いますよ。」
「はい、さきほど、誰それさんが、このようにしているのを見ておりまして、それでどうも間違ってしまったようです。」
「ちょっと。でも、あなたのお手前は間違っているのでしょ?」
「はい・・・。」
「先生が間違っているといっているのだから、『はい』だけでいいのです。前の方がどうなど、関係ありません。」
「はい・・・。」
「そもそも前の方が間違っている点前をしているのを見ていて、それを何も考えず真似ているのが悪いのです。」
「はい・・・。」

あとは、会話。話題の振り方。どうして人が叱られているときに、あえてそういう話をするのか、とか。とにかく、気配りについては、とても厳しいです。厳しいですが、叱られないということは、まだまだ弟子としてまったく相手にもされていないということで、「あなたも早く叱られるようになりなさい」という入門3年目です。

昨日は、予定していた仕事がなくなってしまったので、ちょっと日本橋まで出かけてお宝をみてきました。

三井記念美術館 三井家伝来 茶の湯の名品

まだまだ所作に必至で、先生の貴重なお道具を味わう余裕もなければ知識も足りませんが、ものを見ないことには始まらないので、今年は時間を見つけてお宝見物に出かけようと思っています。

あれですね。教書に出てくるような、名だたる武将や将軍が所有していた道具が伝来して、いま眼前にあるというのは迫力がありますね(って、本当のところ、まだ言われなかったら普通の茶碗にしか見えないんだけど)。

「ウェブはバカと暇人のもの」

この本についても触れていかなければならないかな。

ウェブはバカと暇人のもの
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starIT小作農からの一家言
star「ネットで話題」を巻き起こすためのハウツーあり

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冒頭で著者は「運営当事者」側の河野さんの意見として口コミ本を引用しておられるが、日頃から河野さんの薫陶を受けている私も全く同感です。引用を引用します。

「インターネット万能論を多くの人が唱えています。はっきり言います。そんなのは夢物語です。ウソといってもいい」
「通常、ネットの一部で話題になっているだけでは世間的な影響は全くありません」

そんなんじゃクチコミしないよ。 <ネットだけでブームは作れない!新ネットマーケティング読本> そんなんじゃクチコミしないよ。
河野 武

ただ「結局、B級ネタがクリックされる」として、「まずネットでは、タイトルが重要なのである。」というのだけど、「ウホッ」っていうような、バカなタイトルで釣っているのだから、バカや暇人が集まるのは当たり前じゃない?というのが率直な感想。

だったんだけど、読み進めるうちに、そういうのを後から言うのは簡単で、それで分かったつもりになるのは非常に危険かもしれないと感じてきた。

「新世紀メディア論」でも究極、「編集バカ」みたいなやつがバカみたいにやっているメディアしか成功しないと言っているのだと理解しているんだけど、この本を単に読んだ人間が「だからネットはバカや暇人の集まりだ」といったところで、真剣にバカやってきた中川氏の論じている「バカと暇人」の真意にたどり着けないかもしれない。と(深読みしすぎかな)。

まぁ、PV上げるのがミッションでタイトル付けするメディアを作ったらバカや暇人しか集まらないんじゃない?っていう疑念は完全には払拭できていないけれど。だからといって品格や質の問題でもなかろうと、このあたりまだモヤモヤしています。

あと、確かにテレビは依然として強力なメディアだけれども、つい数年前、実家で親父と「新聞いる・いらない」論争でかなり熱くやりあっていたのが、去年あたりから「やっぱりおまえの言うとおりだった。最近の新聞はつまらん」と、70にならんとするじいさんが、あっさり新聞購読を一切やめたぐらいだから、もしかするとあっという間に「あれ、テレビっていらないんじゃない?」って時がくるんじゃないかとも思います。

メディアは実践するものだっていうのは、この半年自分でブログやって、編集もやって分かったこと。そういう視点でこの本もメモ作ってみようと思います。