チームワークにおける情報の整理・整頓問題の解決

MLは、プロトタイプ制作段階では上手く進みますが、生産を開始すると混乱が生まれます。問題点の1つはスピードです。処理速度の違いから、課題を次第にスルーする人と、なぜ整理が付かないのかとイライラする人(ITリテラシー暴君)とが出てきます。

この問題を解決するため、チームでの作業速度をコントロールする意味でサイボウズLiveを導入しました。この段階でメールのやりとりもほぼ無くなり個人的にも落ち着きを取り戻しました。

しかし、掲示板には決定的な問題がありました。MLと同様に「議事録」と「会話」の分解が困難なことです。もちろん有能な管理者がいれば問題解決できますが、たいてい有能な人はプロジェクトが動き出すと次の現場に行ってしまいますから、残った現場はいつの間にかスピードコントロールが逆に働いて、おしゃべりしながらノンビリ作業になってしまいます。

これを防ぐためChatworkとの併用を開始しました。これは画期的な転換で、この時点で社内情報のやりとりでメールは100%無くなりました。ただ、今度はチャットの手軽さからここに記録すべき情報を貼り付けて報告とする問題が出てきました。

そこで登場したのがEvernote Businessです。ノートが白紙であること、ノートやノートブックの共有が簡単にできることから、これを「議事録」の台帳とし「会話」をチームごとのChatworkにまとめました。

これで定期的にChatworkのTLとEvernoteの更新ノートのチェックだけで、何がどのように進んでいるか把握が容易になりました(あとはアラートの仕組みも備えているけどね)。

加えて「白紙」であることの効能がとても大きく、情報を書き込み続けるためには定型化を考えないといけない、隣人の整理方法が見えるということでスタッフの頭の体操にもなっていると思います。

最後に、何のために情報の整理・整頓をしているのか?これを理解していない人が多いのですが、目的は作業内容の抜け漏れ防止、仕事の完遂です。そしてもっとも重要なことは「検討」ではなく「検証」の仕組みを持つことです。

金風舎は3年目のシフトアップ

まだまだ始まったばかりだと思っていますし、毎日プロジェクトに追いかけられて先のことしか考えていませんが、挨拶のためと振り返ってみれば結構いろいろなことにチャレンジしてました。

 もともとデジカルの創設が9月だったこともあり、秋はいろいろな区切りになっていますが、金風舎も気付けば3年目です。

ボーンデジタルやハイブリッドの電子出版の実践的な出版技術と実績という観点でいえば、まだまだ他に負けていないと思っていますが、今後さらにこの分野では高品質大量生産と、それを支える人材供給を課題にして、近々それを分離し新しい看板を出します。

金風舎は昨年から、本来の課題である企画面に集中して取り組んでいて、現在もいろいろなパターンで実践しているのですが、このあたりが面白そうだとか、ここが求められているところだというところが見えてきました。

そして本当はこの分野を企画してみたいというものがあって、もう1年近く暖めているのですが、そこまでたどり着くまで他のプロジェクトを片付けられていないのが実情です。

そこで念仏のように人材人材と唱えているわけですが、まさに5年先を見据えた布石がいま必要と考えていて、そのためには転職サイトに募集要項を出すのでは間に合わないと思っています。

本当はその作戦で8月から動く予定だったのですが、諸般の事情で遅延していました。この人材採用活動については、5年先の手法と見据え今月から着実に取り組みます。本件についてはネット告知は一切しません。

時代錯誤

夏休み最後の日曜日。小学生の下の2人の子守でお昼ご飯を食べさせに出かけたあと、雨だしどうしたものかと考えて、室内で遊ばせるならあそこだなと都心に出かけたら国会前のデモに遭遇しました。

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「戦争法反対」などという使っている言葉の乱雑さからも、勉強不足も甚だしい人に向かってコメントする気も起こらないのですが(バカな学生にはさらに言葉も無いけど)、実際にぞろぞろ参集していた年配の人たちを初めて間近でみて、そうか、そうやって生きてきたから仕方が無いんだろうなぁとしみじみ思ってしまいました。

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で、直後に肝心の行き先である北の丸公園の科学技術館前に行くと、ここはここで最後の日曜日だからか駐車場渋滞の長い列。まさに目前で岸元総理の安保反対のサイレント・マジョリティ発言を実感してしまいました。

零細企業の経営者ですら実務交渉ではギリギリとした思いを実感するわけですが、それでもほとんど物事が思い通りには動かない。

それに、よく正論をぶちかますな、ものには言い方があるだろうと諫められてきたので、こうやって主張を大声で張り上げて何か達成感を得ているような人を見ているといろいろ思うところもあるわけですが、なんというかね、SEOを必死に頑張ってPVが上がったあがったと喜んでるだけにみえますな。

もうちょっと実効性を考えたらどうなのかと、そもそも中身がある話なのかと、何のためにやっているのか見つめ直してみたらどうなのかと、なんにせよ大変ご苦労様な限りですね。とても勉強になりました。

ま、結局目的の科学技術館には入れずあげく飽きてしまった子供もたちも後ろで昼寝してしまって、外出が徒労に終わった身としては偉そうなことは言えませんが。

ようやく夏休みが終わります。

次世代の新しいコンテンツを考える無駄

「新しい」とか「次世代」とか、体感した人が「!」を付けて言う言葉であって、作る側の人間が最初にそれを言っているとするならば、開発しているうちに新しいものや次世代のものを「見つけたい」という願望でしかない。そこに「デジタルならでは」などと付いていたとしたら、それはもはや資金の消化試合。

と、自戒を込めて思っております。

今売れるものが新しいコンテンツ。いつの間にかみんなが買うようになったものが次世代のコンテンツ。デジタルは当たり前過ぎてもはや言うまでもない。

不惑

四十にして惑わず。

ネットで検索するとほとんどこれを「迷わない」こと、と解釈されているのですが、「迷わず」ではなく「惑わず」です。

似ている言葉にはこだわりたいので、以前も「迷い」と「惑い」の違いについては考えました。それから2年近く。やはり答えとしては「平常心を保つこと」ですね。

ひとつより鮮明に分かってきたことは、「諦め」「期待しない」ことで、これは楽に達成できるということですね。何事も”どうせ”と思えば、どんなことでもさざ波を立てることすらなく、やり過ごせるということです。大人になるとでも言えるのでしょうか。肉体的にも過激な運動を欲しなくなってきていますから、外から見れば穏やかにも見えます。

しかし、外界と大きな隔たりをつくって、少しの波紋も起こらないようひたすら無の境地でいることを望むことと、日々の活発な活動がもたらす、荒ぶる高波や荒れ狂う雷雨の雲海のその上、成層圏を穏やかに飛ぶ航空機のようにいる心境とでは、それこそ天地の隔たりがあるなと思いました。

当然前者のような生活ができるわけもなく、諦めとは無縁の何事にも期待の多い仕事環境で、そこからさらに新領域に突入しようと思っているわけですから、活動すればするほど心境・環境の激変に遭遇しています。

平常心を保つための具体的ソリューションとして、2年前に「おいあくま」を知ってから、念仏のように唱えていましたが、どうもそれだけでは足りないようで、さらに高高度を保っていくために、エンジンや機体や航法、運行システムの改良が必要なようです。

しかし、最近はそう考えながらも、そうやっていちいちクソ真面目に対処方法ばかり考えているからいつまでも問題が無くならいのでは?と、自身がそんな暴風雨を吹き飛ばすほどの、さらに大きなスーパーハリケーンになってしまえば話が早いのではないか?とも思えてきました。

「惑わず」とは奥が深い話です。四十半ばにしてまだわかりません。

長く書きましたが夫婦喧嘩の話です。

もしかして”オレ様”に制限をかけていることが間違っているのかも。

ほんとうのデジタルコンテンツビジネスをやる

新事務所を立ち上げたものの、スタッフ集めはこれからで社名も決まっていません。ただ何をするのかは決めてます。デジタルコンテンツビジネスです。

何が「ほんとう」なのか一言で説明が難しいのですが、しないことは明白で「今の売上を作るため」のデジタルコンテンツビジネスはやらないということです。もっと細かくいうと「デジタル化」はやらないということですね。

もはや「デジタル」は好機ではないと思います。そこに未来があるように見えるのは、そうなって欲しいと願っている人が情報発信者に多いためだと思いますが、すでに江戸時代人が田畑を耕すのと同じ程度の当たり前の話になっていると思います。その視点でみれば所詮ボーンデジタルも過渡期の話です。

それから真剣にプラットフォームを考えて作ります。こう書くと開発やるのかと思われそうですが(やるかもしれませんが)、あくまでも企画者として課題は技術ではなく価値提供です。この部分は率直に自分が欲しいものやことを前提に考えています。

つまり”デジタル”が取れた「デジタルコンテンツビジネス」をやろうと思ってます。

我ながら上手く言ったつもりですが、考えすぎてピンとこないですかね。まぁブログに書くことなんて、分かってくれる人にわかってもらえればいいと思っています。現物見てもらってナンボですから。

今後も評論家ではなく実務家として。

明日から基本的に新事務所にいます

個人事務所を用意した 2015年4月14日

すでに入居して少しずつ体制整えてきましたが、昨日8月24日より正式に新事務所を本拠地に変えました。

新宿南口のビジネスセンター・サービスオフィス – リージャス

 

 

ひとり部屋なので打ち合わせなどはできません。完全に引き籠もり部屋のオンライン仕様です。

デジカルは今期から数年かけて多角化経営を目指し、サービスごとにチームを作って事業展開していくことにしました。かなりの大転換ですし、いろいろと新しく始めますが、既存事業のアップグレードから着手し、仰々しい宣伝はせず淡々とやります。

既存事業(現デジカル)はオーナーに徹することにしました。すでに業務は手が離れていますが、朝礼を出たり出なかったりしていたのを今週から原則出ない(出社しない)にしました。

この新事務所を構えたのは2チーム目を作るためです。「企画・開発」が主業務になります。現在は私と取締役のほか専属スタッフ1名ですが、これからデザイナーを1名、マネジャーをさらに1名採用する計画です。

電子出版関連は引き続きここでやります。またデジタルコンテンツとネットメディアに関して自分なりにやり遂げたい企画があるので、その実現を目指します。それ以外の新しいことは全部未定で、まずは企画・開発のためのスタッフを集めブレストしてビジネスを考えて進める「誰バス」を実践します。

事業の企画も考えていますが、立ち位置としては今回もやはり経営者。そして現在のデザイン制作会社とは異なるアプローチで、違う経営者像を模索して実現させたいと考えています。

何か全く新しいことをやろうとしているわけではなく、そもそも12年前に独立したときの原点に立ち戻っただけです。当時は日銭を稼ぎながら新しいことをやろうと考えていたのですが、その日銭を稼ぐ事業がとても片手間で済ませることができずに、なんとかなるのに10年かかったというわけですね。

次は5年以内に結果出します。

Evernote Buisinessは恐ろしいツール

個人的にEvernoteを使い始めたのは2008年6月28日。つい最近のことのようですがもう7年も経ってました。いまやMacだけでなくiPhoneやAndroidでも最初に入れるアプリです。

最初はどんな情報もどんどんEvernoteに取り入れていましたが、あるとき仕事に行き詰まりを感じているときには未整理ノートが溜まっていることに気付いて、以来ノート、ノートブック、タグの使い分を日々追究して整理をしていますが、今はその作業自体を頭の整理方法の1つとして活用しています。

使い始めの頃、ありとあらゆる情報やメモを入れていて、「これ見られたら頭の中を覗かれるようで恥ずかしいなぁ」と思っていたこともありましたが、思考を見える化するためのツールとして最適だと思います。

そのように知識ビジネスに有益なツールであるEvernoteを、今年の6月からプロジェクト管理ツールとして全社に導入して使い始めたのですが、どうなったかというと大変なことになりました。

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これまではサイボウズLiveやChatwork、Googleドキュメントなどのツールを組み合わせて使っていて、その機能制約がそのまま情報収集整理の指針になっていたんですね。これがEvernoteの白紙になったことで、もたらされたのものは輝かしい発想の自由ではなく、情報過多による混乱と未解決事案の山の「見える化」でした。

そして、いかに社員が何も考えてないか、考え方を知らないか、知らなくても平然としているか、そこに悪意がないからこそ、これを集約して一つの方向に流れを整えていくことの前途を思うと、まさに天を仰ぎ見る思いをこの2ヶ月ぐらいしていたところです。

見えないから幸せなことがあるんだなと思いましたが、もはや知ってしまった以上はこれを整理整頓していくほかありません。ただ知識ビジネスの生産性向上の本質に行き当たったようにも思うので、今いる社員の育成とともに、新たにこのような基盤で新しいビジネスを考えられる人材を登用することに注力したいと思います。

Evernote大好きというマネジャー志望者を探します。

 

シフトチェンジ

クルマを変えました。最初はちょっと贅沢かなと思うこともあったのですが、1日で考えが変わりました。ほぼ毎日乗っているので実用的に乗れればいいと思ってましたが、毎日のことだからこそ快適さを損なわないように考えるべきでした。なんというかメインマシンをWindowsからMacに切り換えたような感じです。たぶんもうプリスのような実用車には戻れませんね。

震災後の一時期1年ぐらい止めてましたが、もう10年近くクルマ通勤です。理由は満員電車に乗りたくないという思いが全てです。もう今はほとんど治りましたが、通勤で満員電車に乗ると冷や汗が止まらない状態で、これでは会社に行くだけで消耗すると思ってクルマにしました。

いまとなってはもはやクルマ通勤は贅沢でもなんでもなく、単に目的に経済合理性が合えばいい話で、それこそ一時期は取締役もクルマ通勤だったのですが、通勤に便利なところに引っ越して面倒臭いということで、別にいまでもクルマ通勤で構わないのですが止めてますからね。

以前も書きましたが、いざとなればタクシー運転手になるためにという口実で暫く都内をグルグル回ってましたが、東京ってやっぱり広いですね。電車だけだと絶対にいかない街がほんとうに沢山。最近はそういう日頃近づかないところにあてどなくさまよって、ファミレスやコンビニに立ち寄っては社会見学しています。

今回もハイブリッドですが、一応走りたい人のための車らしくオートマですがシフトチェンジもできるようになっていて、気が向いたら試してるのですが、これがマニュアルシフト車とは違う感覚でゲームセンターのクルマみたいな感じなんですね。ほんとうのクルマ好きにはケシカラン乗り物なんだと思いますが。

で、よく社内でシフトチェンジという例えを、それこそ昔親父殿がガコガコやっていたのを思い出しながら使っていたのですが、そうかシフトチェンジといってもこういうソフトで滑らかな感じもありえるんだなと妙な発見をしてしまって、最近そのことをずっと考えていました。

ようやく棚卸しも片付いてきて次の段階に進みます。今までであればブログで高らかにシフトチェンジを宣言したりしていたのですが、今回はそういう対外的な宣伝は一切止めて、明らかにシフトチェンジはするんだけど、滑らかにスピードアップしてみたいと思います。

今日から切り換えます。と、書いても外からは分からないですが。

【読んだ】大日本帝国最後の四か月: 終戦内閣“懐刀”の証言

戦後史の古典だそうです。初めて読みました。

映画「日本のいちばん長い日」は、年に1回は見返しているので、そのディティールを確認するように読めました。

ちなみに上映中の「日本のいちばん長い日」は2回目のリメイクだそうで(今回初めて知りました)、じゃあ最初はどうだったのか?と先月DVD買ってみました。

その上で先週、原田監督の最新作をみたのですが(どれだけ終戦好きなんだと思いますが)、当然ながら演出の違いに時代の流れを感じます。

「日本破れず」は、まだ終戦間も無い時期の作品で、冒頭、空襲で焼け出された家族が大八車を押して疎開していくシーンでは悲壮感が薄く、当時は「いや〜、ようやくウチも焼けましたよ」みたいな、今となっては信じられない会話をしていたと誰かの本で読んだことがあったのですが(なんとなくそういう会話にも想像がつきますが)、やっぱり実際そうだったのかもしれないと映像でその空気感を確認しました。

2回目の作品は戦後もすっかり落ち着いたころなので、畑中少佐が軍国主義の象徴のように熱く演出されすこし「反戦」映画の仕上がりになっていると思います。ただ映画としてはとてもドラマチックな展開で手に汗握る仕上がりで何度も見返しています。

最新作は、この本と同じように終戦4ヶ月前からの話です。最初はテンポが現代的で軽い感じと思いましたが(『あさま山荘』の原田監督らしい演出とも思いましたが)、もしかすると実際はこれが一番実際に近いんじゃないかなとも思えてきました。それと今回初めて詳細に描かれた昭和天皇は、終戦勅語の口語訳を初めて読んだときのように率直に感動しました。

たぶんまたこの映画も見返すことになるんだと思いますが、観ればみるほど、知れば知るほど、当時どれだけの重圧の中での決断だったのか、いろいろな立場の人たちの考え方や行動を思うと研究の興味が尽きません。しかし、エリート参謀達が”自殺”するのは現代的にもわかりますが、淡々とした阿南大将の自決には、切腹して果てる侍の江戸時代が当時リアルに残っていたんだなと、その点だけでもこの70年で隔世の感があると思いました。

肝心の本書の感想が抜けてましたが、終戦に向けた「世論」構築の話がとても興味深く、当時は完全に報道機関が機能していなかったわけですが、その状態でどうやって状況を作っていったのか、具体的にそのやりとりをみて、なるほどこれはそのまま戦後、現代に通用する考え方(というか現代そのもの)だと思いました。

あとは著者のような革新官僚が推し進めていた国家社会主義的施策が行き詰まっているようにみえるので、この先どうなっていくのかどうすればいいのか、最近のオリンピックのゴタゴタみているとますます先行き不透明に感じますが、やはりそうはいっても国の中枢には、顔は見えないけど未来を考えている迫水さんのような人が今も頑張っているんでしょうね。

何かそういう話を少しでも届ける仕事ができないかなぁと、そんなことを考えています。