いつまで黄昏れているつもりなのか

先週社内でISSHIKIの今後の展開について打ち合わせをしているときのこと。業界が「斜陽だから」と間違いなく無意識に漏らしていた一言を聞き逃さず、「そうやって環境に何かの理由や原因を求めることはを止めよう」と「これからはすでに業界は日没状態ということにする」と、認識を最悪に合わせることにしました。

自慢ではないですが日没寸前だと私が思ったのはもう7年前です。

しかし、ほんとうに最悪な状態なのでしょうか。

確かに最後の出版バブルを間近に経験した身からすると、この10年の凋落振りには大変なことになっているなと感じますが、正直なところ「だからどうした」と思ってます。というより何も持たないものには好機でしかないと思っていて、「斜陽」などと何かがわかったような短絡的な受け止めこそ諦めにつながる危険なものの見方だと考えています。

それに、まだまだ陽が高かった10年ぐらい前までは、どんな仕事レベルでも儲かるような状態でしたが、往時を考えるととんでもないブラック状態(それこそ働き始めたころから最近までずっとそうだった思う)で、それに比べ今は仕事に求められるレベルが高まっていて収益を上げる困難さが高まっていますが、深夜残業や休日出勤もなくなっているし、新たな展開を見据えた取り組みも出来るようになりました。

そもそも若い彼らの話を聞いていて面白いなと思ったのは、なぜ斜陽なる状況なのに仕事が溢れかえっているのかと。そもそも彼らが当社で働き始めてこのかた、ずっと沈む一方の環境の下にも関わらず、どんどん仕事を増やしてきている現状に何の問題があるのかと。雰囲気に飲まれるというのはほんとうに危険なことだなと感じました。

要するにチームの成長に伴い、目前に現れた大きな課題を完遂できないかもしれないという、その抱えた不安を業界が斜陽なる言葉で表そうとしている滑稽さに気付いたらどうかと投げかけました。

斜陽のときははるか前に過ぎ去りいまや日没後。私としては焼け野原と認識してその後の復興を意識したかったのですが、日没ということは次は夜明けです。その次にくる日の出の勢いに備え、目前の課題をしっかりと解決し進めていこうISSHIKIは引き続き前進あるのみと宣言しました。

一方、今回のことで若い世代と話をしながら、現実的には同世代の40代ですらすでに変革についていけない人たちがいることを実感しました。彼らは沈みゆく太陽を引き戻そうとするような無駄な努力を試みていて、そんな大変で不毛なことをしても身を滅ぼすだけだと、無理せず受け入れろとアドバイスしていたのですがなかなか伝わりませんね。

ちょんまげとったり刀を置くのは不安でしょうけど、早く切り替えないと士商法が上手くいかないことも歴史の証明するところだと思います。

デジカルとしては業界が斜陽だろうが日没だろうが関係なく、現在の出版の課題から見える未来像を1つずつ形にしていくのみと考えています。それがISSHIKIそしてPIONNIERもその1つ。いずれも実績を持ってシェア固めの考えで黙々と進めます。

また事業を手伝ってくれる”右腕”も引き続き探しています。