【観た】真田丸 第5回「窮地」

真田丸面白いですね。

官兵衛をやっている頃は、ちょうど交渉事に勤しんでいるころで、板挟みの成り具合など、自分の身に置き換えて楽しんで見てましたが、真田家の方はより零細企業感丸出しでなお一層状況を楽しめます。

ナレーターが重々しく語る戦国絵巻物のような予定調和な展開ではなく、今作の脚本家らしいリアルタイム感溢れるドラマ運びで、歴史的大事件も、当時の人々には一体何が起こっているのか、直後には全く分からなかったという極めて当たり前のことを改めて気づかせてくれました。

しかし、信長が死んで真田昌幸が長男に本心を尋ねられるシーンには笑いました。

ここ数年、社内でずっと「この先どうなるか全くわからない」と真顔で力説していたのですが、これで堂々と言えます。

全く分からん!

【読んだ】『世界の辺境とハードボイルド室町時代』

ジャケ買いしました。最近カバー加工されている本が少ないのでそれだけで目立ちます。

室町は教科書では退屈な時代ですが、現代の辺境と中世という切り口によって立体的に時代の様相をつかむことができました。辺境ライターと学者のうんちく対談という構成も面白いと思います。

江戸時代という特殊な時代を経て、その延長線上にあるのがいまの日本社会。その中世から続いてきたムラ社会が溶け始めている。

なるほど、応仁の乱後の乱世を通じてセーフティネットとしての村落共同体が生まれ、近世を通じてそれが強化され、高度経済成長で田畑を基本とする生産場所が製造業に切り替わり、そしてそのカイシャが終焉を迎えつつある。

以前も書きましたが、生産基盤が田畑からそうじゃない新しいものに置き換わっているだけで、経営の基本は領国経営から変わらないと感じるのは、そういう中世末期のような混乱の様相でサバイバルを実感するからなんですね。

そう考えてみると、再び戦国のような乱世になるかどうかはわかりませんが、昨年読んだ本で「現代は維新というよりは室町末期」という話とも繋がりました。

それと去年は村について研究しようと思って、いろいろと本を読んでみたのですが、しっくりこなかった理由もわかりました。そもそもムラ社会がなくなろうとしているわけですから。

帰属意識のなかった中世の農民、現代でいえばさしずめフリーランスでしょうか。確かに最近はプロジェクトベースで仕事をしているという点でもイメージが近い気がしました。

時代は室町末期の様相。サバイバルはこれから。この先どうなっていくんでしょうね。全くわからないですが面白そうです。

【読んだ】ビジネスエリートの「これはすごい!」を集めた 外資系投資銀行のエクセル仕事術

2015年に読んだ本No.1はこれ。というよりも今まで読んだあまたのExcel本の中で、本書がNo.1だといっても過言ではありません。

入門書からVBAプログラミング解説書まで、Excelについては一通り本を作ってましたから、それなりにExcelを使えるつもりですが、実はそれが仇となって、人に作ってもらった集計表をチェックするのがストレスになって仕方がありませんでした。

どうしてもっと見やすく作れないのか、これ計算間違っているじゃないかとか。

簡単な話、チームでExcelシートを作るルールを決めておけばいいのですが、そんな隙はないと後回しにしていました。それが本書を読んですぐに、これを社内のExcelルールにすると決めて運用を開始すると、これまでのチェックストレスが一掃されました。

書いてあることは至って簡単です。どういったレイアウトでどのように書式を整えると見やすいよわかりやすいよ。間違いもすぐにわかるよ。ただそれだけです。

小さな会社なので日々の業務報告を読んだり聞いたりしていれば、それと月次の集計が違うことはシートを眺めると直ぐに発見できます(不思議なことに目に飛び込んで来るんですよね)。

もっともそれは経営者としては当たり前のことであって、本来見つけるべきは、そういった間違いではなく、将来への変化の兆しであるべきです。

それと今後、事業規模を拡大するにあたり、中間管理を置いて現場情報が直接入らなくなったとき、果たして間違い探しができるだろうか、と不安に感じていたのですが、本書によってその懸念を払拭することができました。

また、本書を読んで、投資銀行の末端業務ってDTPオペレーターみたいなものだなと思ったのですが、きちんと工程を積み上げて計算して作っている人と、直感を頼りに力技で間に合わせて作っている人の違いは、やはり成果物としてにじみ出てくるものだなと思いました。

これはシステムエンジニアやウェブデザイナーでも同じかもしれませんが、コンピューターを使ったモノづくりにおいて、しっかりと養成していく必要があるポイントだと思います。

 

【読んだ】『採用基準 地頭よりも論理的思考力より大切なもの』

著者は例のあの方ですよね。2012年の本で、読んだのは14年の7刷です。

記憶にある表紙なので発刊当時も目を通していると思うのですが、当時は問題意識がそこに至ってなかったんですね。関係ないやと放置していました。

本書で語られていることは「リーダーシップ」とは何かということです。書店にはリーダー本がたくさん並んでますが、なるほど確かに日本人はリーダーを役職と捉えてるなと、そしてリーダーがリーダーシップをとるよりも、チームメンバーがリーダーシップについて学ぶことの有効性を理解しました。

この本が出た直後ごろに、職場でも家庭でもないところでリーダーシップを問われる局面に立たされたので、著者が書いている日本社会のリーダーシップ・キャパシティの問題が痛いほどよくわかります。

この数年、日本の将来がヤバイと感じていた根っこの部分の問題を、リアルに掴んだ気がします。おじさんエグゼクティブやおばさんグループのどこの何がダメなのか、今回明確に理解しました。

逆に言うと、この人(特に同年輩の女性で)仕事できるなぁとか素敵だなぁと感じる人ってみんなリーダーシップを発揮していることに気づきました。考えてみたら確かに役職に付いている付いてないは全く関係ないですね。

採用基準が明確になりました。

【読んだ】大日本帝国最後の四か月: 終戦内閣“懐刀”の証言

戦後史の古典だそうです。初めて読みました。

映画「日本のいちばん長い日」は、年に1回は見返しているので、そのディティールを確認するように読めました。

ちなみに上映中の「日本のいちばん長い日」は2回目のリメイクだそうで(今回初めて知りました)、じゃあ最初はどうだったのか?と先月DVD買ってみました。

その上で先週、原田監督の最新作をみたのですが(どれだけ終戦好きなんだと思いますが)、当然ながら演出の違いに時代の流れを感じます。

「日本破れず」は、まだ終戦間も無い時期の作品で、冒頭、空襲で焼け出された家族が大八車を押して疎開していくシーンでは悲壮感が薄く、当時は「いや〜、ようやくウチも焼けましたよ」みたいな、今となっては信じられない会話をしていたと誰かの本で読んだことがあったのですが(なんとなくそういう会話にも想像がつきますが)、やっぱり実際そうだったのかもしれないと映像でその空気感を確認しました。

2回目の作品は戦後もすっかり落ち着いたころなので、畑中少佐が軍国主義の象徴のように熱く演出されすこし「反戦」映画の仕上がりになっていると思います。ただ映画としてはとてもドラマチックな展開で手に汗握る仕上がりで何度も見返しています。

最新作は、この本と同じように終戦4ヶ月前からの話です。最初はテンポが現代的で軽い感じと思いましたが(『あさま山荘』の原田監督らしい演出とも思いましたが)、もしかすると実際はこれが一番実際に近いんじゃないかなとも思えてきました。それと今回初めて詳細に描かれた昭和天皇は、終戦勅語の口語訳を初めて読んだときのように率直に感動しました。

たぶんまたこの映画も見返すことになるんだと思いますが、観ればみるほど、知れば知るほど、当時どれだけの重圧の中での決断だったのか、いろいろな立場の人たちの考え方や行動を思うと研究の興味が尽きません。しかし、エリート参謀達が”自殺”するのは現代的にもわかりますが、淡々とした阿南大将の自決には、切腹して果てる侍の江戸時代が当時リアルに残っていたんだなと、その点だけでもこの70年で隔世の感があると思いました。

肝心の本書の感想が抜けてましたが、終戦に向けた「世論」構築の話がとても興味深く、当時は完全に報道機関が機能していなかったわけですが、その状態でどうやって状況を作っていったのか、具体的にそのやりとりをみて、なるほどこれはそのまま戦後、現代に通用する考え方(というか現代そのもの)だと思いました。

あとは著者のような革新官僚が推し進めていた国家社会主義的施策が行き詰まっているようにみえるので、この先どうなっていくのかどうすればいいのか、最近のオリンピックのゴタゴタみているとますます先行き不透明に感じますが、やはりそうはいっても国の中枢には、顔は見えないけど未来を考えている迫水さんのような人が今も頑張っているんでしょうね。

何かそういう話を少しでも届ける仕事ができないかなぁと、そんなことを考えています。

 

【読んだ】切り捨てSONY リストラ部屋は何を奪ったか

他人事なのでどうでもいい本なのですが(なのでとても面白く読めたわけですが)、次の一節を読んで、やっぱりそうだったか!とわかって数億円の価値を得ました。個人的に。

あるとき、秘書が井深に「どうしてこんな立派な設立趣意書を作られたのですか、社員のためですか」と聞いた。すると、「違うよ」という声が返ってきた。
「3人のじいさんを説得しなくちゃいけなかったんだ。前田さん、万代さん、それに田島さんだな。その3人に『うちの会社は立派な会社なんだ』と納得してもらうために、一世一代の覚悟で書いた」P.92

【読んだ】もう一つの幕末史

半藤さんの幕末史本は、もう1つ分厚いやつがあって、こちらは途中まで読んで頓挫していたのですが、今回はダイジェストのようで読みやすくなっていました(眠っていた古い原稿のようです)。それでも「賊軍」側の話はなじみが薄くて頭にスッと入ってこないのですが。

戦前、戦中の客観的な評価が掴めるようになってきて、半藤さんはその先鞭を付けたような方だと思うのですが、さらに遡って幕末史を「勝てば官軍」とはこういうことだ、という視点を与えてくれる興味深い本でした。

幕末史は勝者の歴史、昭和史は敗者の歴史。そういうものがどんどん崩れ再構築されていて、こういう本を読むと歴史を仕事にしていたらなとifを考えてしまいますね。

学校で勉強したり、左翼文化人のいう「歴史」なるものがいかに浅薄で、実務にも娯楽にも役立たず、もっといえば反戦平和そのものにすら寄与していないと思うのですが、本書を読んでいて、その根底にあるのは「人間」不在と綺麗事の世界感によるものだと感じました。

江戸無血開城の実際や、西郷さんの政治力など、なるほど実際は確かにそういうことだったのだろうと、交渉の様子を読んでいて実務的に学べる点が沢山ありました。

あとはなるほど半藤さんの本だと思ったのは、幕府瓦解と大日本帝国の終焉が、それぞれどちらも最後は重臣に「お前に頼む」という点で相似形になっているという指摘で、半藤さんの書いている勝海舟像を読んで、坂本龍馬じゃないですが惚れ込んでしまいました。

いま薩長同盟みたいなことを淡々とやっているのですが、面白いなと思うのはこちらが脱藩浪士だと思ってあちこち出歩いていると、自ずと意識ある下級藩士がカウンターパートになっていて、やっぱり日本という国は厚みがあるなと思っていたのですが、この枠組みには勝海舟みたいな人が必要なんだな、などそういう視点で読んで楽しんでます。

【読んだ】百姓の力

年度末押し迫ってきました。現場は追い込み仕事で大変ですが、社長としては一人嵐の前の静けさを感じてます。行く先は五里霧中で先が全く読めません。しかし、間違いなく混沌とした状況が現れると思っているので、それでも迷わず前進する方針とともに原点回帰を強く意識しています。

そんなときに先生から「二宮翁夜話」を勧められました。二宮尊徳ってあの薪を背負った道徳少年で、軍国主義と一緒に葬られてしまった人物だよね、ぐらいの認識しかありませんでしたが、先生からこの人は江戸時代の経営コンサルみたいなものですよと言われ俄然興味が湧いてきて、読んで見ると面白い。今更ながら尊徳仕法のことを知って、改めて自分の中の近世史の断絶を知りました。

そんなことがあって江戸の新田開発や農村立て直しのことを勉強したいと本屋を廻っていたのですが、この分野って本がほとんどないんですね。ようやく見つけたのが本書だったのですが「江戸時代から見える日本」とのサブタイトルで、内容も一般向けに優しく書いてあり、まさに探していた本でした。

当然経営者目線で読んだので歴史的な評論解説は端折りますが、「村」の構造は「会社」に引き継がれ、その会社がいま溶け出している現状をみると、江戸時代的な社会構造も間もなく完全に無くなってしまうのだろうなと思いました。

しかし、この「村」を構成維持しようとしてきた人々の性質の部分を理解することで、その次(会社の次)を見据える重要なポイントを発見できそうです。

そういう意味では、園山さんの農耕型企業風土作りの経営手法は、現代において本当に正解に近いお手本だと改めて実感しました。

結局のところいつの時代も目指すべきことは同じく「いかに生産性を高めるか」ということですね。もう少し江戸の農村経営について調べてみたいと思います。

【読んだ】小さいおうち

観てから読みました。

文芸作品の評論はできませんが、大変読みやすい作品で映画の方は原作の雰囲気を上手く再現している上に、ドラマとしてうまくまとまっていて、さすが名監督だと再確認しました。

この作品に惹かれたのは、昭和10年代、1930年後半の世相を上手く表現していると思ったためで(もちろん実際は知りませんが)、主人公の女中タキがちょうど祖母と同じ年代、作中、タキの回想録にちょくちょく「それは嘘だろ戦前は暗黒時代だろ」とツッコミを入れる大甥が今の自分と同じ世代ですね。

物語が5年後東京オリンピックが開催されることが決まった昭和10年ぐらいから始まってますが、そこから暫くシナ事変の頃はデパートの大売り出しがあったりで世の中結構景気はよくて、ただ段々と不安な空気が立ちこめてくるも真珠湾攻撃で一気に世の中明るくなったと思ったら、それから暗雲立ちこめて悲惨な状態に真っ逆さま。

当時と今とで国家予算の破綻具合が似ていると言われていますが、この先国家間の総力戦はあり得ないにしても、ちょうど5年後が東京オリンピックで、アベノミクスでなんとなく景気は悪くない感じなところが妙に一致していて、その先5年後、つまり今から10年経ったらどうなっているのかちょっと不安にはなりますね。

一方で、この当時に生まれた中流階級の生活がその後の「昭和」の基本形なんだと思うのですが、それがもはや風前の灯だと思うのと、もっと遡れば戦国末期から続く江戸的な社会風土もいよいよ自分の世代ぐらいで終わりなんだろうなと、最近「村」の本を読んでいてそう思うこともあって、この先はまったく違う世界観に切り替わるのかなという予兆も感じます。

暫くはどう考えても(国家予算どころか業界の動向を観るだけでそう思いますけど)明るい話題にほど遠いので、どう展開するのか予測も付きませんが、案外明るい未来が待っている感じもしますね。なんとなくですけど。

【読んだ】没落する日本人強くなる日本人

こういったタイトルを店頭で取ることはないのですが、この書評を読んで現代が「室町末期から戦国に至る状況に近い」という著者の主張を読んでみようと購読。

問題点や提起については、日頃からそうだろうなと考えてることがまとまっていたので個人的に新しい発見はありませんでしたが、大学の先生の本としてはとても読みやすく世間ずれがないので、いまの日本の問題をまとめて知りたいという点でお薦めの1冊だと思います。

今はどこかの時代に似ているというとらえ方は、応仁の乱後にせよ幕末せよ敗戦直後にせよ、混乱期に人がどう考えどう行動したか、そこが参考になるという話ですね。もう何年もそのことを考えてきたので個人的にはそろそろ飽きてきました。


今年の正月に帰省した際、親父殿に連れられて親父殿の祖父(自分の曾祖父)の家があった場所に行ってみました。そこは玄界灘と博多湾に挟まれた漁村で、一族が室町末期に京都からこの地に移住してきたことが寺の過去帳から分かったそうです。

いまは駐車場となって煉瓦塀だけが残るその場所に立ってみて、話としては何となくは聞いて知っていたことも、実際現地に行って一族の氏が沢山残っている昔のままの道筋を辿ってみれば、数百年の年月も身近に感じられますし、時代の変遷で生活や仕事が様変わりしたとしても、根本的なところは何も変わっていないんじゃないかということを感じました。いつの時代も大変だったし、悲惨なことも永遠には続かない。


そういうわけで最近は混乱期の時代に学ぶことは少し飽きてきていて、ここのところ江戸後期の村や村落経営について興味をもって調べてます。

村に興味があるといっても、土いじりをしたくなったりの自然回帰的エコ発想や、懐古主義的な田舎への憧れなどではないです。当時の社会を維持していた生産基盤をどうやって改善してきたのか、それが今にどう繋がっているのか、そのリンクが全く自分の中にないことに気付いたのでした。

よく近現代史を勉強していないことが問題になりますが、実は近世社会史の無知や誤解の方がより実際問題として重要なんじゃないかと感じてます。そもそも100年ぐらい前までほとんどの日本人は村人だったわけですから、その実態を知っておくことは現代の経営にも活かせるのではないか、特に混乱している社会情勢で原点回帰するとするならば、戻るべきポイントはそこじゃないのか、そんなことも考えつつ。

いま企業経営を考えるときに、戦国時代の領国経営よりは江戸末期の村落経営の方にヒントがあるような気がしてます。ちなみに当社の経営は、園山さんの農耕型企業風土の形成を前提にしていて現在のところ非常に上手く進んでいるのでこの仮説は間違っていない気がします。

以上、いつものようにほとんど紹介した本の内容とは関係ない話でした。