サイボウズLiveの後継ツールはSlackにします

【続】ITリテラシー暴君だったと思う。 | katsukinoboru.jp

サイボウズLiveのおかけで今日のデジカルがあったといっても過言ではありません。ほんとうに感謝に耐えません。

終了まで残すところあと僅かです。「このあとどうするのですか?」とあちこちで尋ねられるようになって半年ほど経ちますが即断できずにいました。それは切替えにともなう7年前の変革の大変さを思い起こして腰が引けていたためです。

流れを変えるのは難しい

まず、サイボウズLive導入後、DropboxやFacebookグループをはじめとするあらゆる情報ファイル共有ツールを試した結果、落ち着いたのがChatwork+Evernote(と社内ファイルサーバー)の体制です。切り替えて数年経っており社内ではすっかり定着しています。

当社の場合、電子書籍やPODに関してはすでにメッセンジャーやチャットを使うことが主流となっていてサイボウズは社外のクライアントとのやり取りに限っていますが、単行本の場合は、社外スタッフとの情報共有にサイボウズLiveがすっかり定着してしまっていて、さらに案件が単発依頼となることが多く、ほぼすべてのクライアントとはまだメールでの情報共有が主流です。

そういった状況下、現場で日々業務に追われている社員の負担を考えると、7年前に導入してついぞ使いこなせずに終わった人たちもいましたし、未だにChatworkを使いこなせない人もいますので、いかに業務を止めずに主幹ツールとなっているサイボウズLiveから新しいツールへ移行ができるのか躊躇してしまいました。

サイボウズLive&ChatworkからSlackへ

そこでまず考えたことはサイボウズLiveと極力似たツールを探すことでした。同じように手軽にグループが作れてスレッドが自由に作ることができること。可能な限り掲示板形式でタイムラインが加速しないものを希望していました。ZOHOというツールを見つけて良さそうだったのですが、とにかく使っている人が周りにいないことがわかり、この選択は消えました。

そうこうしているうちに世間一般の流れとしてもSlack一択だな、となってきたのですが、今度はChatworkを導入していたことが仇となってしまいました。つまり社内で上手く動いているツールをどう切り替えるのか、もはや私自身が移行を面倒臭いと感じる状況に陥り始め、併存でいいかなと弱気になりつつも、いまここで新しい構造を建設しておかなければ、いずれツケを払わされるのは間違いないと思い直し、社内の情報共有ツールもサイボウズLiveからの移行とともにChatworkからSlackに集約することにしました。

ツールをどう活用するか考え方の問題

この情報共有ツールの課題ですが、あくまでも社内外での大きな情報の流れがあるところに限っての話です。個別の窓口は引き続きメール、FBメッセンジャー、Chatworkを併用していきますし、情報のアーカイブ先としてEvernoteは欠かせません。そういった点では、当社の場合、情報処理の能力が問われる職場といえるかもしれません。

また今後の課題として、手軽なSlackをベースにするとなると、今度は再び誰しもがITリテラシー暴君になってしまうと感じています。今後この部分に意識を向けることができる人にマネジメントスタッフとして加わってもらいたいと考えています。

大切なお知らせ

ライザップ1年になります。

今月から再びトレーナーさんと次のフェーズを目指したトレーニングを開始しました。何を考えていて、どうしようとしているのかを簡単にまとめます。

重要なお知らせ | katsukinoboru.jp

前期第14期決算は創業来の大幅増収増益でしたが、これを好機と判断して抜本的な事業再構築を敢行することにしました。旧来の事業戦略で仕事を増やすことはできるが、目に見えない無理や無駄の累積によっていずれ立ち行かなくなるだろうとの判断でした。

計画としては3年ほど前から模索していました。まず美しいBSを作るを目標に2年かけて資本を積み上げ、さらに銀行取引を一気に拡大して万全の体制を整えました。次に新たな事業を立ち上げ、展示会に出展し、社員研修に旅行も海外へとハードルを一気にあげました。

もちろんどれも成功させる前提で進めましたが上手くいかないものもありました。撤収下手で以前に大失敗した経験から、撤退、転進、停止の判断を即断即決かつ、何が本質なのかの見極めに集中です。

この結果わかったことは、会社自体がメタボ体質になっていたということでした。経営顧問の指導もあって、この体質では成熟社会といわれる20年代は生き残れないなと考え、この際改革断行という第15期の目標でした。

そして、そういった会社のシェイプアップを目指すのに、自らがメタボ体型のままでどうするのかと、隗より始めよですね。これが重要なお知らせの本意だったということです。

さて、1年経ってみてどうなったか。先日、健康診断を受けて晴れてメタボ判定は取れて、以前はFで治療検討まで迫っていた悪玉コレステロール値が、Cの3ヶ月後再検診の様子見に改善され、医師にも健康的に減量できてますとのお墨付きも頂きました(ちなみにあと視力、体重がBで残りはA判定)。

当社の状況もまさに同じような状態です。

10月に再検診をクリアするため、トレーナーさんとは筋肉量を落とさずに脂肪だけをさらに落とす集中トレーニングで仕上げを目指していますが、デジカル自体もそこまでを目標に総仕上げを行っています。

ライザップはダイエットのためではなく、健康かつ多少美しくの部分まで踏み込んだところまで目指していますが、会社としても健康体を作った上で、10年は成長続けられる体制にします。この新体制のデジカルとしての社員採用を再開します。

金風舎:一部の電子書籍を販売停止といたしました


既刊電子書籍の販売停止について – 金風舎

金風舎もあっという間に5周年です。

この金風舎の前の2年間で取り組んだImpressQuickBooksと、その他にも表に出していない他社レーベルとして企画制作したアイテムやニューズブックなどを含めると、数える暇がないので正確にはわかりませんが、すでに200冊は電子書籍の企画制作に携わっていると思います。

すでに販売管理を移管して直接管理していないものもありますが、いくらロングテールとはいえ動きが鈍いままに棚晒しにしている状況を心苦しく感じておりました。また販売管理システムを整備してありますが、増加するアイテム数と販売収益に対して管理コストが多少負担になってまいりました。

さらに、新たなシリーズ企画を検討しているのですが、この企画の進め方をこれまでとは違う手法で取り組もうと考えており、そういったことから発刊から一定の既刊を経た既刊本の著者の皆様にお願いして配信停止のお願いをいたしました。

ご了承いただきました著者の皆様には、改めてこの場をお借りして、弊社での発刊の御礼を申し上げますとともに、今回力及ばず停止となりましたこと大変遺憾に感じております。

この5年で得た経験を今後に活かしていきたいと思います。

金風舎は引き続き継続してまります。この他、次の電子書籍企画も順次取り組みを変えて進めて参ります。

ニューズブック | 地域の良質なコンテンツを全国に届ける。 | Newsbook

PIONNIER ピオニエ

「ISSHIKI通信09」発行しました

今月の請求書に同封してお届けします。

PDF版のダウンロードはこちらから →

ISSHIKIは、デジカルの書籍デザイン制作チームの名称です。書籍の装丁デザインとレイアウト・デザイン及び組版制作を一式提供するところから命名しました。最近はイラストレーションや編集作業の一部も一式に含めて請け負っています。

ISSHIKIでは、編集者の皆さまが企画編集作業に集中できるよう「本作りをラクに楽しく」をモットーに、エディトリアルデザイン、装丁デザインの技術力とともに接客力の強化を図っています。

企画編集に多忙な編集者の皆様に、ISSHKIで頼んでよかったなと思って頂けるよう、スタッフ一同サービス品質向上に努め、書籍デザイン制作事業で随一のチームを目指しています。

書籍のデザイン制作にあたっては、装丁デザイン、本文デザイン、本文組版、本文図解/イラスト作成の作業工程が必要です。ISSHIKIでは、多様なデザイン業務と効率的な制作業務を一貫したサービスとして提供するため、複数のデザイナーで案件ごとに制作チームを組んで業務にあたっています。

ISSHIKIのデザイナーは、書籍デザインのアートディレクションや制作技術に加え、制作工程予算の管理や社外スタッフへの業務発注管理など業務も担当しています。

これからの編集者やデザイナーは、マルチタスク対応が求められると考えていますが、さすがにこのままでは案件増に対応が間に合わなくなるため、必要な人材像を整理してチームのアップグレードを計画しています。

ISSHIKI | 一式製作所 | 株式会社デジカル

業界を救う手立てはない

業界関連ニュースをネットで見つけた父から、たまに「こういう記事があった。参考までに」とメールがやってきます。

大抵、見出しを見るだけで「それはもうわかってる」とか「その点についてはこう考えている」とすぐに返事を返すのですが、先日送られてきた記事をみて、今どきこんな記事書いているメディアがあるのか!と驚いて本文をしっかりと読んでしまいました。

出版不況、書店業界を救う手立てはないのだろうか

「出版不況」、「書店業界」、「業界を救う」と、3つの言葉に引っかかったのですが、特に最後の「業界を救う」という言葉に、経営顧問に初めて事業計画書を見てもらったときのことを思い出しました。

「さすが社長、大変な文才がおありです。ご立派です。しかしながら、いまの社長の会社の規模でいくら業界語ったところで、残念ながら誰もなんとも思わないでしょう。まずは事業をしっかりと立ち上げましょう。」

当時、業界変革の野望などもっていたわけでもなく、単にこういった切り込み方ができると考えているといった文脈で「業界」の文言を使っていたのですが、まさにその詰めの甘さを見抜かれたのでした。

以来、自ら「業界」という物言いを一切禁じて、またそういった記事もほぼ読み飛ばしています。とにかくそういった言葉を使っていれば、なんとなくそういうことなんだろうなと理解できるわけですが、関連する企業の業績が好調なときには非常に便利な言葉だし、そうでないときは大変危険な言葉だなと思っています。

ということで、この記事は一銭の役にも立たないと思いますが、いったい今どきなんのために書いたのだろうと思って見直してみると2016年の記事でした。

業界という観点にもはや意味がないと思っているので、記事が2016年だからどうだということではありませんが、単に気になった記事見つけたよと送ってきた父の行動から、過去記事は読み手のリテラシーの問題とともに、どう扱っていくのか、という点でメディア側にビジネスを考える余地があるなと改めて思いました。

価値ある過去記事は形を変えて提供すれば立派な収益になりますし、新たに記事を作っていく場合には、ストックを見据えたフローを考えていくべきだろうと考えています。

実務家としては考えているだけでなく、実行に移してナンボの話なので取り組みます。

デジタル化についてさらに多面的に考える必要がある

昨年、金風舎に続く2つ目のデジタル出版レーベルとしてPIONNIERを立ち上げました。第2弾の執筆が遅延気味になっているところに、編集制作体制がゴタゴタしてしまい、あっという間に1年経ってしまいました。

東北地域の企画から始動のため改めて仙台に出向き話を伺いましたが、今回話しを伺っているうちに、このところいくつか感じていたことが繋がってきました。

PIONNERは電子書籍とプリントオンデマンド(POD)の組み合わせで実践しています。この手法を始めた3年前は、私自身デジタルと紙のハイブリッドだと認識していましたが、いまはどちらもデジタルだとの認識に加え、コンテンツ制作に関しては、ネットメディアを加え、マルチプロダクト対応が求められるようになってくるだろうなと感じています。

ただ電子+PODの手法については効能以前に存在自体がほとんど認知されておらず、その課題を再確認しましたが、話を伺っているうちにPODの仕上がりに研究の余地が大きいことに気づきました。PODの仕上がりは決して「悪かろう」ではありませんが、製作コストが安ければいいのかということです。

実はこの日、いつも立ち寄る駅ナカ書店で、このPOD本がひっそりと並んでいるのをみつけたときに、やはり紙にするならば並製本の仕上がりを提供できるようにした方がよいだろうなと、最近立て続けに配布用単行本の製作依頼を受けたこともあって、対応の幅を更に広げる必要性を感じて考えていたところでした。

とにかく沢山の刺激を頂きあれこれ考えながら駅に向かって歩いているうちに、この日は最初に西口、次に東口で打ち合わせだったのですが、そういえばと感じることがありました。

今日は、最初にいつも降りる側の西口のホテルメトロポリタンで、続けて東口のおしゃれなカフェでの打ち合わせでした。
東口に降り立つのは2度目だと思うのですが、ここは街全体が再開発されたんですね。今回始めて知りました。

最近、各地の駅を降りてみてなんとなく感じているのですが、駅裏感があるところが無くなっているように思います。慣れ親しんだ駅の顔としての表側はあったとしても、薄汚れ寂れた駅裏といった様相はどこにも無いような気します。

もしかすると、自分の中でも駅に表裏があると思いこんでいるように、まだまだ紙とデジタルといった二元論にとらわれている部分があるのかもしれないと思いました。

そういった意味では「在庫」や「流通」といった問題にとらわれるあまり、ソリューションとして安易にPODを考えていたかもしれません。そもそも初版部数と注文が見合っていれば在庫の問題は発生しませんし、そうであるならば販売をAmazon任せにする必要もありません。

最近は多層的なネットワーク空間を実感することが多く、マスを前提としたメディア空間からの転換の必要性を実感しながらも、まだまだ自分自身の発想はマスを前提としたものが残っているようです。さらに多面的にみていく必要があるように感じています。

PIONNIERはコンセプトから見直して再始動します。

PIONNIER ピオニエ

大いなる旅路

出張で京都に泊まったときは、翌日の新幹線を午後にして、寺社仏閣に立ち寄って帰るようにしてました。

ただ何度かやっているうち、あまりに貧しいなと思えてきて、もう仕事のついでで寺社仏閣へ行くのは止め、代わりにわざわざ京都に行ってまで行かないようなところにしようと、今回は京都駅前のPHP社にある松下幸之助記念館と、新しくできた、やはり駅近くにある京都鉄道博物館に行くことにしました。

もともと記念館の方で資料を漁ろうと思って、博物館の方はネットニュースでちらっと見ただけで詳細を調べてなかったのですが、現地についてここがあの梅小路蒸気機関車庫であることに気づきました。

小学生のときに図鑑で見て以来、いつかは行ってみたいリストに載せたまま自分でもすっかりその存在を忘れていたので、感激のあまりすっかりはまって幸之助記念館はほんの少ししか立ち寄れず、危うく新幹線にも乗りそこねるところでした。

小学生のときに写真でみたときには大迫力だったけど。いまはそれほどでも。
いまや機関車より建物の方に興味があって、これとても100年前のものとは思えない。鉄道コンクリート建築物で最古のものだそうです。
排煙装置がついてます。これを真下から覗いてみたかった。穴が空いているだけですが。
結局、今に至るまで走っている蒸気機関車に乗ったことはありませんが、博物館で見慣れているのでこちらはもう感動が薄い。

大正昭和初期の建物が好きで巡っていますが、保存されていたり再建されていたりとそのままのものが少ないので、ここはある意味現役で別格ですね。

実はこれほどまでにここで感慨にふけっていたのは、つい最近AmazonPrimeで「大いなる旅路」という映画を見たためでした。

映画の解説は上手くできないので、詳細はAmazonのページを参照して欲しいですがレビューも絶賛の嵐ですね。戦前、戦中、戦後を通じて変わらぬ男の仕事と、時代に翻弄され大きく変わる家族とその幸せといったストーリーで、本物の機関車を転覆させていたり、結構古い邦画を見ていたつもりですが、まだこういう名作があったのかと、まさにこの機関車庫はその映画の舞台のようでした。

加えて博物館で続編的な映画があることも知り帰ってすぐに見ました。モノクロ・カラーの違いもありますが同じ年の映画なのにこちらは随分軽薄な印象で、そのあたり時代の変遷も知れて面白いですが、「大いなる旅路」は帰ってからもう一度見ましたが、こちらは1回で十分です。

この他、関連お薦めアイテム2つ。

この新幹線大爆破もPrimeに出ていますね。何年か前にネットで知る人ぞ知る名作と知ってDVD買いました。これと「砂の器」をたまにBGV代わりに流していると、次男が「また観てる。これもう3回観た」などと言ってくるやつです。

「大いなる旅路」では若い高倉健(とても若い!)が、次男の役で運転士となって特急こだま号を運転しているのですが、その十数年後に、今度は新幹線爆破しようとしていたのか、と思うとなかなか味わい深いです。

もう1点は書籍です。分厚いのでまだ読みかけです。


国鉄改革のときに何があったのかが克明に描かれています。「大いなる旅路」でも、戦中の軍歌が戦後になって労働歌になって、デモしている職員を横目に黙々と働く様子が描かれていますが、その成れの果てがこれかと。JRになったときは高校生で物心ついたときにはストなどは沈静化していたように思いますが、あれじゃあ解体されて当然だろうなと思いました。

それにしても「大いなる旅路」で、機関士が男の一生の仕事と描かれていたころから80年ぐらい。平成も間もなく終わりですが、もはや男のロマンみたいなものはカケラもありませんね。どこにいったのでしょうか。

4年越しで能登半島を制覇した

家内の実家は石川県の小松市ですが、彼女も能登半島に行ったことがないということで、当然私も行ったことがなく、数年前に家内が帰省する機会に合わせ出かけました。ところが能登半島は思った以上に奥深く、輪島についたところで時間切れ。和倉温泉のあの加賀屋の隣の宿にとまって帰ってきました。

あれから4年。今年は吉方位が能登半島という助言を得て、最初は時間も無いことだし一人で気多大社まで出かけようと思っていましたが、その話をすると珠洲まで行きたい上半分も回りたいというので、下の子達を長女に託し一緒に出かけることにしました。

当初は週末一泊、神社にいって温泉つかって骨休めと思ってましたが、自宅からクルマでひたすら能登半島の最先端を目指し、この際だから行ってみたいという彼女の要望にひたすら応える骨折りの旅となりました。

ただ、主婦感覚での宿や食事の選択は、結果的にコストパフォーマンスもよかったので、2日で走行距離1200kmの荒行で疲労困憊しましたが、気持ちとしてはかなりスッキリしました。

日頃あちこち気軽に出かけている身なので、自分一人だとまた今度来ればいいやと行くのを見送ることが多いのですが、誰かと一緒に、特にこの際いろいろと満喫したいという思っている人と一緒だと、巡り合うものも違ってくるように思います。

宿についたら隣の街でお祭りをやっているというので、行ってみると無形民俗文化財となっている神事でした。「あばれ祭り」というそうですが、驚いたのは若者が沢山で、ここの祭りは後継者不足とは無縁だなということ。こういうことも一人で出かけていたらわからない気づかないままでしたね。


あばれ祭 - 日本遺産「灯り舞う半島 能登 〜熱狂のキリコ祭り〜」能登のキリコ祭り

伊豆や紀伊などもそうですが、半島には独特の雰囲気があると思います。日本列島半島制覇の野望がふつふつと湧いてきましたが、これからは一人で出かけない旅を考えようと思っています。

宿の目の前にある見附島(軍艦島)。
改装されたばかりできれいだし食事も地元の新鮮な食材で、国民宿舎だしなと舐めてかかってました。主婦感覚大事ですね。
聖域の岬。下はあの”ランプの宿”。ここは一度泊まってみたいですね。
日本3大パワースポットの青の洞窟。ブラタモリ風に岩石触ってみましたが、うんちくは何も出てこず。タモリさんはすごいなと。
レビュー見るとボッタクリだの散々ですが、こういった場所を維持して観光客を捌くのだからそういうものだろうと思います。先程の展望台含めて1500円。高いか安いか。
ここが能登半島の最先端。歴史ある灯台。最寄りの道の駅から小高い山を10分ほど登ります。
同時に日本の中心。能登はパワースポット目白押し。
帰りの食事は適当にと思っていたら、さざえ祭りをやっているということで目的のお店まで寄り道。東京からクルマで来たんですかと驚かれましたが、これは寄り道したかいがありました。1350円。
無事到着。2日で1283km。ひたすら走っていたので燃費もまずまずで、ETCも週末の割引だったので今回は旅費がほとんどかかりませんでした。

 

 

 

2018年下半期の展望

まずは振り返りを簡単に

従来であれば半期の振り返り記事を書くところですが、今年はもうダラダラ書きすぎたと反省しているので簡単にまとめます。

「一昨年立ち上げた事業の立ち上げ方で失敗して、その片付けの最終仕上げをこの半年で完了させました」です。あくまでも社長としての振り返りで、会社全体としては着実に成長しています。

「失敗は素直に認めて倍努力する」

数年前、そんな孫社長のツイッターの呟きがありました。確かに「立ち上げ方」には失敗しましたが、事業としては失敗ではないのでルートを変えて再び挑戦で倍の努力をすればいい話です。数千万ほど損しましたが、その程度で収められて上出来との振り返りです。

1.組織の基礎体力をつける

失敗の原因は、早く立ち上げなければ!との「焦り」からくる「過信」とその過信が生み出す「奢り」でした。信用しないとやっていけないのですが、それが過ぎてしまうと、なんでこれぐらいできないんだという奢りに繋がります。社長のお前がやれよという話です。ですから、今度は私が一人で初めてます。

引き続き人材育成と組織構築が課題ですが、ハードルを上げる目盛単位をもっと小さく、そして上げ幅を小さくしていく必要があるということです。

またこの一年、業務監査に入ってもらいましたが、これがようやく完成をみました。そして人材の見出し方も大きく学びがありましたので、秋からはかなり落ち着いた大人な会社な雰囲気に仕上がっていくと思います。

2.失敗体験からの副産物

7年前の手痛い失敗から万全の経営基盤を構築していたので、焦ることなく今後に向けた「倍努力する」ことを考えているわけですが、撤退戦の残念な気持ちを整理しながら前に進んで行くのはなかなかシンドイ仕事です。この過程でマネジメントに関する最新の心理学的手法をいくつか学びました。

この点についてはアメリカの研究は進んでいて、禅寺修行の思想に止まっている日本人は遅れていると思います。ということで、この心理学をツールとして使う件、マネジメント層に向けた出版のテーマとして考えています。

3.基盤整備とコンセプト整理

書籍のデザイン制作事業と出版コンテンツの企画編集事業の2つが分化していた状況を「一流」化と名付け1つの流れに整備しています。

固有事業としてのISSHIKIの磨き上げに力を入れていますが、今回はマネジャーではなくオーナーとして取り組んでいる点が大きく異なります。書店流通の出版市場は減少していますが、出版物の制作需要は変わらずありますし、出版の本質は変わっていないと考えています。

この先は実現方法が多様化していって、それが紙とデジタルの二項対立でも、出版と配信の並立でもなく、組み合わせでの対応だと考えています。このマルチプロダクトのコンサルティングを全国対応のサービスにすることが目標です。

4.提案の手法を変更

ニューズブックで複合的な事業体構築にチャレンジしましたが、この過程で何をどうしたら組織が動くのか(動かないのか)を学びました。次に課題と考えていることは、予算獲得のための切り込み方です。

お膳立てはできるようになりましたが、お酌をして宴が盛り上がるまでしっかりやる必要があると考えています。今後も全国対応で仕事をしたいと考えていますが、やはり現実問題、予算は東京で話をつけるのが一番です。そういった役割をもっと明確に果たしたいと考えています。

5.個人的に

半年間自己トレーニングにしていたライザップのトレーニングを再開します。先日、健康診断で目出度くも脱メタボの診断で、悪玉コレステロールがC判定、体重、視力がBであとはAでした。視力はもうどうしようもないのですが、体重をもうあと少し落としたら悪玉コレステロールも含めてA判定になるようなので、10月の再検査に向けて再び絞り込みます。

この1年以上、体調がおかしいなと思ったのは3日ぐらいでいたって健康ですが、これを超健康体にします。来年はいま出ている芽をしっかり伸ばすために、さらなるハードワークが求められると考えているので、そのためにも心身ともにバージョンアップの期間とする考えです。

読まれる本のデザインをつくる仕事

当社では書籍のデザイン制作事業を運営しているチームを「ISSHIKI」と名付けています。

本を作るためには、原稿を編集したあと印刷製本するまでに、レイアウトして表紙カバーを作る必要があります。レイアウトもレイアウトデザインを作って組版をする必要があって、最近は図解本が増えきたので、イラストレーションも求められるようになってきました。

この「ISSHIKI」は、複数のデザイナー、クリエイターで構成された制作チームなのですが、装丁、本文デザイン、組版をトータルでデザインすることでデザインの統一感を出すとともに、対象読者にあわせたテイストの調整、提案を柔軟に対応できることが強みです。

文字にすると簡単ですが、結構な手間暇かかっています。実際この手の本を企画して作るとなると本当に大変で、私自身、企画編集したらあとは誰かに上手く仕上げて欲しい編集だったので、自分が欲しかった制作チームを自社で作ってみましたというわけですね。電子書籍も同じように作ってます。

最近は版元の編集者の皆様だけでなく、一般の事業会社さんやフリーランス編集者の方々からも問い合わせを頂くようになってきました。

どういった実績があるんですか?というお問い合わせを頂きますので、プレゼンシートを作ってみました。

PDFはこちらから → 

そして、私自身は、このデザイン制作の前段部分のコンテンツの企画編集部分をEMDという概念でサービス事業化しようと考えています。このEMDでいくつか新しい実績をつくることが出来てきたので次のフェーズに進めたいのですが、1つ前のエントリーで書いたとおり、今回は腰据えて取り組む考えです。